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いつかの春に君と 〜 番外編 アンソロジー集〜
第1章 三日月夜にワルツを
ひとしきり笑いが収まった時、伊織は尋ねた。
「…それで士官学校に…?」
「うん。士官学校は厳しい寄宿生活だから、家に帰らなくていいからね。
職業軍人になれば、さすがに祖母も諦めるだろう。
何しろお国にこの身を捧げたことになるんだから…。
体裁屋の祖母は、他人から賛美されることに弱いのさ。
…兄さんのために決めた進路だけど…今は後悔はしていない。
寧ろ、士官学校を選んで良かったと思ってる。
…兄に未知の世界の話をたくさんしてあげられる。
士官学校の話や、教練の話や…刺激的な話を兄はとても喜んでくれている。
…強くなれたし、貴族社会では知り得なかったことをたくさん知ることができた。この国がどうあるべきかを考えることもできた。
…何より…」
その琥珀色の瞳を真っ直ぐに伊織に向ける。
「君に会えた…」
静まったばかりの心臓がまた喧しく音を立て始める。
「…そういう台詞は女を口説くときに使え」
わざと素っ気なく言い捨て、教本を片しだす。
「相変わらずつれないなあ…。
僕は入学式の時からずっと君に注目していたのにな」
大して気にした様子もなく、のんびりと口を尖らせる。

「首席入学で、学年一背が高くて、大人びていて、どことなく憂いがあって…それに何より…」
伊織の前に貌を近づける。
…甘い花の薫りが不意に漂う。
「…ハンサムだしね」

伊織は邪険に和葉を押し返す。
「ふざけるのはよせ。君はいつも俺を揶揄ってばかりだな」
「揶揄ってなんかいないよ。伊織は首席なのにちっとも偉ぶらないし、人と群れないし、悠然としていて…。
でも教練や演習の時には滾るような情熱を感じる。
不思議なやつだな…て思ってた」
伊織は困ったように眼を伏せる。
「…俺は…あんまり人付き合いが得意ではないんだ。
だから…俺なんかといても楽しくないだろう?」
「全然!すごく楽しい。だから伊織のことをもっともっと知りたい!」
琥珀色の魅惑的な瞳がきらきらと輝きだす。
…本当に…宝石みたいな眼だ…。
思わず見惚れる。


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