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いつかの春に君と 〜 番外編 アンソロジー集〜
第1章 三日月夜にワルツを
「伊織は?伊織はどうして士官学校に入ったの?」
和葉の問いに、観念したように答えた。
「…早く自立したかったんだ。
前に話したけれど、俺は愛人の子どもだ。母親は胸を病んでいて入退院を繰り返していたから、金もかかる。
俺の生物学上の父親は、生活費や母親の病院代、養育費は潤沢に支払ってくれた。
けれどいつまでもそれに頼るのが嫌だった。
士官学校で優秀な成績を修めたら奨学金が貰えるし、卒業後は職業軍人として給料も貰える。
…そんな現実的な理由だ」
「立派だよ…」
琥珀色の瞳が優しく細められた。
…なんて綺麗な色なんだろう…。

「卒業後の進路希望は?」
尋ねられて直ぐに答えた。
「海軍だ。航空部隊に行きたい。飛行機乗りになりたいんだ」
「へえ!航空部隊か…。あの戦闘服に白いマフラー…、似合いそうだね」
褒められて、眼を伏せる。
「…小さな頃に調布の飛行場に飛行機を見に行くのが好きだったんだ。
…どこまでも続く青い空に真っ直ぐに飛び立つ白い機体…。
自由に大空に舞って…まるで鳥みたいだった…」

…あの頃はまだ母親の体調が良い時には、出歩くことができた。
母の白く儚げな手を握り締めながら飛行場の金網越しに、一緒に飛行機を眺めた。
「…綺麗ね…飛行機…。飛行機はいいねえ…。どこまでも自由に飛んでゆける…」
唄うように呟いた母の白い少女のような貌を昨日のことのように思い出す。

…そうか…。
母は死んだのか…。

ふと気づくと、和葉がまるで伊織の想いを察したかのように温かな眼差しで見つめていた。
気持ちを切り替えるように、尋ねる。
「篠宮は?どこに行きたい?」
「僕も海軍だ。戦艦に乗りたい。
…大海原をどこまでもどこまでも突き進むんだ…。
水平線と空との境界がなくなる蒼い蒼い世界…。
早く見てみたい…」
琥珀色の瞳が夢見るように輝き出した。

…和葉は艦隊志望か…。
強くて太陽のように明るい…そして優雅で美しい海の海賊が思い浮かんだ。

「…和葉も海軍士官の白い軍服が似合うだろうな…」
控えめに褒めたのに、和葉は嬉しそうに笑った。

「やっと呼んでくれたね、和葉って…」
伊織は一瞬眼を見張り、咳払いをしながら立ち上がった。
「もう帰るぞ。夕食の時間だ」
そそくさと立ち去る伊織の後を、朗らかな和葉の声が追いかけた。
「待ってよ、伊織!
…あ、トマトが出たらまた食べてね!」



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