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いつかの春に君と 〜 番外編 アンソロジー集〜
第1章 三日月夜にワルツを
「引っ越し、もう終わったの?…あれ、伊織、荷物それだけ?」
先に荷解きを終えた伊織のスペースを見て、和葉が目を丸くする。

「…お前が多すぎるんだろう…」
仏頂面で答える。

…まさか和葉と同室になるとは思わなかった。
同期は六十名もいるのだから、確率で言えば限りなく低いのだ。
伊織と和葉は首席と次席だから、その二人が同室になることは稀で、だから他の同級生もこれには驚いていた。

「有馬はいいな。篠宮と同室か。
…篠宮は人気者だからな。皆、篠宮と同室を狙っていたんだ。やっかみに気をつけろよ」
そう親切なのかお節介なのかよく分からない囁きを幾度されたことか…。
…和葉は思った以上に、人気なんだな…。

和葉との同室が発表され、同級生はもとより、上級生からも嫉妬めいた眼差しで見られ、伊織は少々うんざりしている。
元々、人付き合いの苦手な伊織は他人から余計な感情を向けられることが鬱陶しくてならないのだ。

和葉はそんな伊織の胸中を知る由もなく、伊織より遥かに多い私物の荷解きをしている。
「…手伝うよ」
…思わず声をかけていた。

和葉はぱっと振り向くと、嬉しそうに笑った。
笑うと整いすぎるほどの美貌に陽の光が差し込んだように明るく輝き出すのだ。
…その煌めきに、伊織はなかなか慣れないでいる。

「ありがとう。じゃあ、この本を並べてもらえる?」
「わかった…」

…和葉は読書家だ。伊織が読んだことのない…今や入手が厳しい海外の小説や専門書を寄宿舎に持ち込んでいた。
興味深そうに手に取る伊織の肩越しに、甘い花の薫りが漂った。
「これ、面白いよ。ドイツの航空学の本なんだ。良かったら読んで」
「いいのか?」
飛行機好きな伊織には堪らない本だ。
「僕の本はいつでも自由に読んで。
気に入ってくれたら嬉しい…」
「…ありがとう」
琥珀色の瞳で微笑まれ、伊織はぎこちなく礼を言った。

…と、さりげなく逸らした視線の先に、和葉が机の上に飾ったばかりの写真立てがあった。

…士官学校の黒い制服を着た和葉と…その隣に上質そうなガウンを羽織った和葉に良く似た大層美しい貌立ちの青年が写っていた…。


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