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いつかの春に君と 〜 番外編 アンソロジー集〜
第1章 三日月夜にワルツを
「…この人は…」
「僕の兄さんだ。士官学校の入学式の前日に撮った。
兄さんの写真は貴重なんだ。
とても写真嫌いだから…」
愛おしげに、写真を手に取り見つめる。
「すごく綺麗だろう?」
手渡され、まじまじと見る。

…確かに、女性と見紛うほどの優美で繊細な美貌の持ち主だ。
病弱だという体質のせいか、華奢な身体と儚げな貌立ちに一種独特の湿ったエロスが感じられる。
陰花植物めいた妖しさであった。
…あまり見つめていると魅入られそうで、写真を和葉に返す。
「…ああ、…だが和葉の方が綺麗だと思う」

何気なく言ったのに、和葉は一瞬驚いたように眼を見張り…少し怒ったように肩を竦めて見せた。
「…本当に…伊織は無造作にそういうことを言うから困るよね…」
「どういう意味だ?
俺にはお前の方が綺麗に見えるから、そう言っただけだ」
憮然とする伊織に小さくため息を吐き、微笑った。
「…まあいいや。鈍感なのが伊織の良いところだしね」
「鈍感て…」
貶されてむっとする伊織の肩に手を置き、幾枚かの写真を手渡した。
「他の写真も見る?
整理しないまま、適当に持ってきた…」
「…へえ…。家族写真か…」
好奇心に誘われて、写真を受け取る。

…それは恐らく、屋敷の居間で出入りの写真技師により撮られた写真であった。
和葉の兄以外の家族が正装し、勢ぞろいしている様は圧巻だった。
イブニングドレスを身に纏った美しい母親に燕尾服にホワイトタイ姿の口髭を生やした立派な風貌の父親。

…和葉も燕尾服姿であった。
十五歳とはとても思えない落ち着いた高貴な雰囲気と、何より華やかで煌めく美貌が写真からも伝わる。

…本当に和葉は名門貴族なんだな…。
背後の重厚そうな調度品の数々や居間の豪華さからも篠宮家の富裕ぶりが伝わってくる。
…俺とは所詮、住む世界が違う人間なんだ…。

冷静な心で再確認する。
…母親は芸者で愛人…父親は…生まれてこの方、一度も会ったことはない。
別に自分の出自を恥じてはいないが、生まれながらの貴族で、一点の曇りもない黄金色のオーラを纏う和葉を見ると、しんと冷える心の自分がいるのを確かに感じる。




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