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いつかの春に君と 〜 番外編 アンソロジー集〜
第1章 三日月夜にワルツを
「どうした?」
黙り込んでしまった伊織に気遣うように、和葉が貌を覗きこむ。
「…なんでもない。…このひとは?」
真ん中の椅子にさながら玉座に降臨するかのように威風堂々と座り、真っ直ぐ前を見ている老婦人を指差す。
「…ああ、これが件のお祖母様だ」
「…へえ…」
彫りの深い貌立ちは、ハーフだからだろう。
睥睨するような冷たくも人をひれ伏させずにはいられないような瞳…襟の詰まった豪奢なドレスも、女王のような気高い雰囲気を醸し出していた。
「相変わらずの権力者さ。お父様もお母様もお祖母様には逆らえない。
…お母様は泣く泣く兄さんを軽井沢に行かせたんだ」
和葉のため息を聴き、同情する。

二枚目の写真は、和葉の家族と…背後には制服を着た使用人達の姿が映ったものだった。

「この人達は和葉の屋敷の使用人?…こんなにいるのか…」
ざっと数えて十数人はいるだろう。
「ああ…。これでもだいぶ減ったんだ。
…執事は兄さんの世話をする為に、軽井沢の別荘に行ってしまったしね」
「執事が?」
和葉の綺麗な指が一人の男を指差す。
「彼だ。…兄さんの背後にいる男。
兄さんが小さい時からずっと、陰に日向に仕えて護ってきた。
…彼がいなかったら、兄さんはもうこの世の人ではなかっただろう」
「…凄い忠誠心だな…」
…それに…凄く美男子だ…と感心する。

禁欲的な執事の制服を着た背の高い男は、恐ろしく整った貌立ちをしていたが、無表情にカメラを見つめていた。
「とてもハンサムだろう?もう四十になるが、メイドに絶大な人気があった。彼が屋敷の執事を辞め、軽井沢に行ってしまって落胆したメイドが何人も辞めたよ。
お祖母様はお冠だったけどね」
可笑しそうに和葉は笑った。

「この執事はお前の兄さんと軽井沢に二人きり?」
「…ああ、そうだ。
彼は自分以外の者が兄さんの世話をするのを嫌がる。通いの料理人と掃除婦が一人ずついるだけだ。
お祖母様の怒りを恐れて、誰も見舞いにも行かないし。
たまに訪れるのは母と僕くらいだ。
…完全に閉ざされた世界で、二人だけで暮らしているよ…。
…まるで、異次元の二人だ…」

…そう言って、形の良い眉を寄せた和葉の瞳にはどこか甘い憧憬の色が浮かんでいだ。

だがやがて、その写真を机の引き出しにさっさと仕舞うと、いつものように屈託無く笑った。
「さて、次は洋服だ。手伝ってくれ、伊織」

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