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いつかの春に君と 〜 番外編 アンソロジー集〜
第1章 三日月夜にワルツを
「どうしたの?灯りも点けないで…」
部屋に入ろうとした和葉が、暗闇の中窓辺に座り込む伊織に気づき、声をかけた。
「…うん…」
どことなく、いつもと様子が違う伊織に和葉は敏感に気づいた。
ランプには手を伸ばさずに、静かに近づく。
「どうした?何かあった?
…今日、外出していたみたいだけれど…」
闇の中、和葉の美しい貌が仄かな月の光を纏って輝く。
…綺麗だな…。
伊織は暫く何も言わずに、和葉を見つめる。
「…そばに…いてくれないか…和葉…」
気がつくと、手を差し伸べていた。
直ぐにしなやかな白い手が、伊織の手をそっと取った。
その手を引き寄せるように、和葉を隣に座らせる。
窓辺に並んで座りながら、伊織はその手を離さなかった。
肩に和葉の温かな体温が触れる。
…甘い花の薫り…。
凍えていた心が少しだけ、溶け出してゆくのが分かった。
「…父親に…会ったんだ…生まれて初めて…」
自然に言葉が溢れてゆく。
「うん…」
驚くわけでもなく、静かな相槌だった。
「父親は、いきなり俺を引き取ると言い出した。
俺を気にかけていたからじゃない。
俺が士官学校で成績優秀な生徒だと知らされたからだ。
引き取って…自分の銀行で働く役に立つ手駒が欲しかっただけだ」
和葉の手が慰撫するかのように、伊織の手をそっと握りしめる。
「…俺は…何を期待して会いに行ったのかな…。
父親に詫びて欲しかったのかな…。
母親と、俺に…詫びて欲しかったのかな…。
…いや、違う。
…俺は…ただ、父親の中に愛を確認したかったんだ。
…ほんの少しだけでいい。わずかでいい。
微かな愛を感じたかったんだ…」
…だけど…と、言葉を継ごうとしたら声が詰まった。
不意に、和葉の両腕が伊織を抱きしめた。
ふんわりと、包み込むような優しい抱擁だった。
「…もう、何も言わなくていいよ。伊織…。
君の言いたいことは、全部、僕の心に染み込んできたから…。
…だから、泣いていいよ。伊織…」
「馬鹿…。男がこんなことで泣くか…」
和葉の胸に貌を埋めたまま、くぐもった声で小さく毒吐く。
和葉は柔らかく微笑った。
「…いいよ。じゃあ、このままでいよう…」
…甘い花の薫りの中…伊織はそのしなやかな細身の背中に手を伸ばした。
引き寄せて、強く抱きしめる。
冷たく凍える心は、蜂蜜のように柔らかく溶け出していった…。
部屋に入ろうとした和葉が、暗闇の中窓辺に座り込む伊織に気づき、声をかけた。
「…うん…」
どことなく、いつもと様子が違う伊織に和葉は敏感に気づいた。
ランプには手を伸ばさずに、静かに近づく。
「どうした?何かあった?
…今日、外出していたみたいだけれど…」
闇の中、和葉の美しい貌が仄かな月の光を纏って輝く。
…綺麗だな…。
伊織は暫く何も言わずに、和葉を見つめる。
「…そばに…いてくれないか…和葉…」
気がつくと、手を差し伸べていた。
直ぐにしなやかな白い手が、伊織の手をそっと取った。
その手を引き寄せるように、和葉を隣に座らせる。
窓辺に並んで座りながら、伊織はその手を離さなかった。
肩に和葉の温かな体温が触れる。
…甘い花の薫り…。
凍えていた心が少しだけ、溶け出してゆくのが分かった。
「…父親に…会ったんだ…生まれて初めて…」
自然に言葉が溢れてゆく。
「うん…」
驚くわけでもなく、静かな相槌だった。
「父親は、いきなり俺を引き取ると言い出した。
俺を気にかけていたからじゃない。
俺が士官学校で成績優秀な生徒だと知らされたからだ。
引き取って…自分の銀行で働く役に立つ手駒が欲しかっただけだ」
和葉の手が慰撫するかのように、伊織の手をそっと握りしめる。
「…俺は…何を期待して会いに行ったのかな…。
父親に詫びて欲しかったのかな…。
母親と、俺に…詫びて欲しかったのかな…。
…いや、違う。
…俺は…ただ、父親の中に愛を確認したかったんだ。
…ほんの少しだけでいい。わずかでいい。
微かな愛を感じたかったんだ…」
…だけど…と、言葉を継ごうとしたら声が詰まった。
不意に、和葉の両腕が伊織を抱きしめた。
ふんわりと、包み込むような優しい抱擁だった。
「…もう、何も言わなくていいよ。伊織…。
君の言いたいことは、全部、僕の心に染み込んできたから…。
…だから、泣いていいよ。伊織…」
「馬鹿…。男がこんなことで泣くか…」
和葉の胸に貌を埋めたまま、くぐもった声で小さく毒吐く。
和葉は柔らかく微笑った。
「…いいよ。じゃあ、このままでいよう…」
…甘い花の薫りの中…伊織はそのしなやかな細身の背中に手を伸ばした。
引き寄せて、強く抱きしめる。
冷たく凍える心は、蜂蜜のように柔らかく溶け出していった…。