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いつかの春に君と 〜 番外編 アンソロジー集〜
第1章 三日月夜にワルツを
…どれくらい時間が経っただろうか…。
伊織はそっと、和葉を抱く腕を緩めた。
和葉の居心地の良い胸から、貌を離す。
やや、照れ臭そうに和葉を見上げる。

月明かりに照らされた和葉の優美な貌は、穏やかに微笑んでいた。
「…落ち着いた?」
「別に…動揺なんかしてない…」
憮然とした表情で呟く。
「親のことは、子どもにはどうしようもないことだからね。
…でも…」
煌めく瞳が伊織を見つめる。
「僕の愛でいいなら、いくらでもあげる。
伊織が欲しいだけ…いくらでもあげるよ」
「…和葉…」
可笑しそうに和葉が笑う。
「そんな困った貌しないでよ。別に僕は伊織に愛されようと思ってないから。
僕が勝手に愛しているだけ。
…気にしないでくれ」

…お茶でも淹れてくるよ…と、優しい声で窓辺から立ち上がった和葉の手を引き止める。
和葉が振り返る。

「…俺は、お前が好きじゃないわけじゃない。
…むしろ、気になる。
お前のことが…一日中気になる。
…お前の綺麗な髪や、綺麗な貌や…姿の良い制服姿や…お前が馬に乗る姿とか…ずっと見ていたいと思う。
…お前がほかのやつと話をしていて、楽しそうにしていると、何だか胸がざわざわする。
…困難な実戦演習のとき、お前がなかなか戻ってこないと心配で…気もそぞろになる。
…それから、お前と一緒にいるときが一番落ち着く…。
けれど、お前がこんな風にそばにいると、もの凄くどきどきする…。
こんな気持ちは初めてだ。
…だから…すごく困っている…」

一気にたどたどしく…しかし、懸命に言葉を紡ぐと、和葉が眼を見張り…やがてその完璧な美貌を泣き笑いの表情に歪めた。

「…もういいよ、伊織…。充分だ…」

…そして、蠱惑的な眼差しで笑った。
「やっぱり君は偉大なる朴念仁だ」
「何でだよ」
むっとする伊織の貌を、しなやかに引き寄せる。
睫毛が触れ合う距離で、潤んだ琥珀色の瞳に魅入られる。
「…それを普通は愛してる…て言うんだ」
「…和葉…」
…続けようとした言葉は、和葉の柔らかな薄紅色の唇に柔らかく包まれ、口内で甘く蕩けた。




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