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いつかの春に君と 〜 番外編 アンソロジー集〜
第1章 三日月夜にワルツを
母の葬儀を終え、伊織は士官学校に戻った。
春の夕暮れは、黄昏れ時が長い。
丁度授業や教練を終えた生徒たちが寄宿舎に戻り、賑やかに談笑しながら唯一の自由時間を満喫している頃であろう。
…けれどなんとなく直ぐに寄宿舎に戻る気にはなれずに、伊織はそのまま馬場の方に足を向けた。

士官学校の広い敷地の外れに馬場と厩舎はあった。
特段人嫌いではないが群れるのが苦手な伊織は、一人になりたい時、厩舎で馬を眺めたり触れたりするのが好きだった。
馬はいつでも変わらずに穏やかに伊織を迎えてくれるからだ。

厩舎に入ると一番のお気に入りの、白雪が伊織を見つけ嬉しげに嘶いた。
「白雪…、元気そうだな」
鼻面を撫でてやると、白雪ははしゃぎ始め、伊織の貌に鼻先を擦りよせた。
「くすぐったいよ、やめろってば…」
思わず笑いだしていると、厩舎の外から軽やかな蹄の音が聞こえてきた。

…教官だったらまずい。
乗馬教練の時間でもないのに、厩舎に近づくことは原則禁じられていた。

伊織はそっと厩舎から出た。
そのまま厩舎の裏を通り、寄宿舎に戻ろうとした伊織の背中に、明るい…聞き覚えのある声が響いた。

「…あれ…有馬くん?」
思わず振り返った伊織の視界に飛び込んで来たのは、同級生の篠宮和葉の騎乗姿であった。

伊織は眩しげに眼を細めた。
…篠宮を見るときは、いつも眩しくて無意識にそうしてしまうのだ。

篠宮和葉は、乗馬用の正装服に乗馬帽、その長く形の良い脚に黒革の長ブーツを履き、颯爽と白馬に跨がっていた。
背丈は長身の伊織より少し低いくらいだから、すらりと高い。
形の良い頭は小さく、手足が長く大変にバランスが整っている。

…何より眼を惹くのはその彫像のように美しい貌立ちだった。
生粋の日本人の筈だが、やや色素の薄い艶やかな髪は校則より長めに美しく整えられている。
上質な練絹のような白い肌、優美な眉、腕利きの人形師が魂を刻んで作り上げたような美麗で優雅な目鼻立ち…そしてその唇は、高価な薔薇より艶めいた紅色であった。
「…篠宮…」
思わず感嘆のような声が出る。

そんな伊織ににっこりと微笑みながら、名門 篠宮伯爵の美貌の令息はひらりと花弁が舞い降りるかのように、馬上から降り立ったのだった。





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