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いつかの春に君と 〜 番外編 アンソロジー集〜
第1章 三日月夜にワルツを
…だが、伊織はそうした同級生たちから離れて和葉とは距離を置いて接していた。
嫌いなのではない。
彼の存在そのものが眩しすぎたのだ。
…名門貴族の家柄、見る人の眼を奪わずにはいられない美しい容姿、生れながらに備わっている高貴な品格、成績優秀、武芸や射撃、軍事訓練も伊織と常に張り合うくらいに精鋭で腕が立つ…。
何より人望があり、常に人の中心にいる明るいオーラに満ちている和葉が、自分とは余りにかけ離れていて、近づいて親しくしようという気が起きぬほど、伊織にとっては別世界の人間であったのだ。
そんな伊織の胸中を知ってか知らずか、和葉は乗馬用の革手袋を外しながら、人懐っこく話しかけてくる。
「どうしたの?有馬くんが厩舎に来るなんて、珍しいね」
「…ああ」
…普段、ろくに口を聴いていないから、どんな表情で受け答えして良いかも分からない…。
「そう言えば、昨日今日と休んでいたよね?宿舎にもいなかったし…。何かあったの?」
…よく俺がいないことに気づいたな…。
伊織は意外に思いながら、口を開いた。
「…母が亡くなったから、葬儀を済ませていた」
和葉の貌がすぐさま驚いたように変化し、哀しげな眼差しで伊織を見上げた。
「…それは…ご愁傷様でした…。
言ってくれたら、お悔やみに行ったのに…」
…本当に親切なやつだな…。
伊織は感心した。
…俺なんかと、大して親しくもないのにな…。
「ありがとう。でも大丈夫だ」
「お父様はお力落としだろうね…。君のお母様ならまだお若いだろうに…」
優しく言葉を掛けてくれる和葉に一瞬、話を合わせようかと思ったが、それも失礼な気がした。
「俺には正式な父親はいない。母親は愛人だったから、父親には会ったことがない。だから葬儀にも来なかった。
…それで、教官もクラスメイトには知らせなかったんだと思う」
またもや和葉が息を飲んだ。
そして美しい眉を寄せて苦しげに詫びた。
「…ごめん…。知らなかった…。無神経なことを言ってしまったね…」
咄嗟に伊織は首を振っていた。
「何で君が謝るんだ?俺に父親がいないのは事実だし、別に俺は困ってはいない。父親は俺を認知して養育費も払ってくれている。だから士官学校にも進学できた。
…君が気にする必要はない」
和葉が驚いたように伊織を見つめている。
伊織は慌てた。
「つまり…俺はちっとも気を悪くしていないと言いたかったんだ」
嫌いなのではない。
彼の存在そのものが眩しすぎたのだ。
…名門貴族の家柄、見る人の眼を奪わずにはいられない美しい容姿、生れながらに備わっている高貴な品格、成績優秀、武芸や射撃、軍事訓練も伊織と常に張り合うくらいに精鋭で腕が立つ…。
何より人望があり、常に人の中心にいる明るいオーラに満ちている和葉が、自分とは余りにかけ離れていて、近づいて親しくしようという気が起きぬほど、伊織にとっては別世界の人間であったのだ。
そんな伊織の胸中を知ってか知らずか、和葉は乗馬用の革手袋を外しながら、人懐っこく話しかけてくる。
「どうしたの?有馬くんが厩舎に来るなんて、珍しいね」
「…ああ」
…普段、ろくに口を聴いていないから、どんな表情で受け答えして良いかも分からない…。
「そう言えば、昨日今日と休んでいたよね?宿舎にもいなかったし…。何かあったの?」
…よく俺がいないことに気づいたな…。
伊織は意外に思いながら、口を開いた。
「…母が亡くなったから、葬儀を済ませていた」
和葉の貌がすぐさま驚いたように変化し、哀しげな眼差しで伊織を見上げた。
「…それは…ご愁傷様でした…。
言ってくれたら、お悔やみに行ったのに…」
…本当に親切なやつだな…。
伊織は感心した。
…俺なんかと、大して親しくもないのにな…。
「ありがとう。でも大丈夫だ」
「お父様はお力落としだろうね…。君のお母様ならまだお若いだろうに…」
優しく言葉を掛けてくれる和葉に一瞬、話を合わせようかと思ったが、それも失礼な気がした。
「俺には正式な父親はいない。母親は愛人だったから、父親には会ったことがない。だから葬儀にも来なかった。
…それで、教官もクラスメイトには知らせなかったんだと思う」
またもや和葉が息を飲んだ。
そして美しい眉を寄せて苦しげに詫びた。
「…ごめん…。知らなかった…。無神経なことを言ってしまったね…」
咄嗟に伊織は首を振っていた。
「何で君が謝るんだ?俺に父親がいないのは事実だし、別に俺は困ってはいない。父親は俺を認知して養育費も払ってくれている。だから士官学校にも進学できた。
…君が気にする必要はない」
和葉が驚いたように伊織を見つめている。
伊織は慌てた。
「つまり…俺はちっとも気を悪くしていないと言いたかったんだ」