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いつかの春に君と 〜 番外編 アンソロジー集〜
第1章 三日月夜にワルツを
不意に和葉が息を吐いて微かに笑った。
慌てて真顔になろうとする。
「ごめん!こんな時に…不謹慎だよね」
「いや…別に…」
和葉はそっと微笑んで伊織を見つめた。
「…有馬くんがあんまり真剣に言ってくれたから吃驚しちゃって…」
…でも…と、嬉しそうに続けた。
「ありがとう…。色々話してくれて…」

和葉の瞳は、髪色と同じ琥珀色だった。
…見つめていると、琥珀に閉じ込められそうだ…。
無言で見つめられ、和葉はくすぐったそうに長い睫毛を瞬いた。
「何…?」
「…あ、いや。…綺麗な瞳だな…て思って…」
実直な物言いに、和葉は少し照れたように横を向いた。
「そう…?」
和葉は乗馬帽を取りながら、髪をかきあげた。
「曽祖母がドイツ人だったんだ。
…ドイツ人で良かったよ。ロシア人やアメリカ人だったら、士官学校は入れなかっただろうな」
悪戯っぽい口調に伊織も思わず笑ってしまう。
それを見た和葉が形の良い眉を上げ、眼くばせした。
「有馬くんが笑ったところを初めて見たよ。
…笑うと子どもっぽくなるんだね」

その言葉にむっとした伊織は咳払いをし、背を向けた。
「…もう帰る」
「怒ったの?」
照れくさくてぶすっとした声が出てしまう。
「怒ってない」
後ろに回られ、貌を覗き込まれる。
「本当に?」
「ほ、本当だってば!」
和葉は蜂蜜のように甘く蕩ける笑みを見せた。
「良かった!安心した。
…ご葬儀が終わったばかりじゃ、疲れているだろう?今夜はゆっくり休んで」
そう優しく言い置くと、和葉は再び待たせていた白馬に飛び乗った。
「帰らないのか?」
馬上で器用に手袋を嵌めながら、答える。
「来週、首相が来校されて、馬術教練をご覧になるんだ。デモンストレーションをしなくちゃならないから、練習してる」
「すごいな…」
素直に感心する伊織に、和葉は肩を竦める。
「首相と僕の家は遠縁だからね。…それで選ばれただけだ」
伊織がきっぱりと否定した。
「それは違う。君の馬術は美しい。見ている者まで爽快な気分になるほどだ。実力で選ばれたんだ。自信を持て」
和葉は驚いたようにその琥珀色の眼を見張り、ややもして小さく笑った。
「…ありがとう、有馬くん。…じゃあね」
そうして鮮やかに馬に鞭をくれると、あっと言う間に馬場への道を駆け抜けて行った。

…やっぱり…綺麗だな…。
伊織は和葉の姿が消えるまで見送っていた。

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