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花の輪舞曲
第1章 夜啼鳥の小夜曲
北嵯峨にある岩倉の実家から、南へ下り、いくつかの寺院や神社を見て回った。
東京から出たことのない笙子にとって見るもの全てが初めてだ。
京都特有の枝垂れ桜が咲き乱れる庭を歩くのも、瞳を輝かせ、夢見るような眼差しでゆっくりと廻る。
その様は、さながらお伽話の美しいお姫様が花園に迷い込んで彷徨うような有様に見えた。
境内に咲く桜の花弁がひとひら、笙子の美しい黒髪に舞い落ちていたのを取ろうとして…ふと環は手を止めた。
…何となく触れてはいけないような気がしたのだ。
野宮神社の本殿の前でお参りをする笙子と並んで、そっと見下ろす。
真剣な表情で目を閉じ、手を合わせるその横貌がたとえようもなく清らかで嫋やかで…眩しいほどに美しく…環は思わず見惚れてしまった。
祈り終えて、瞼を開けた笙子と眼が合う。
長く濃い睫毛が烟るように瞬く。
白い花が揺れるように、笙子は微笑った。
「連れてきていただいて、ありがとうございます」
「…え?」
「環さん、本当は私などと出歩くのは嫌だったでしょう?…こんな、世間知らずで手のかかる年上の女の子と…。
恥ずかしいですわよね。
それなのに、ご親切にしていただいて…嬉しいです」
…澄んだ黒い瞳…。
無垢で美しいその貌にはどこか、胸を突くような儚さと寂しさが漂っていた。
…これ以上見つめていると…
何かを持っていかれそうだ…。
訳もなく弱気になり、環はわざと乱暴に背を向ける。
「…別に…俺は篤子叔母様に頼まれただけだから。
叔母様に逆らうとおっかないからな」
前を向いたまま、ぶっきらぼうに告げる。
「…最後は渡月橋だ。
その前に…」
そっと振り返る。
…見てはならないのに、見ずにはいられないものがあることを、環は初めて知ったのだ…。
「…茶店で甘酒を飲んでいかないか?
奢ってやる。俺が奢るのは珍しいんだ。感謝してほしいね」
笙子は嬉しそうに笑って頷いた。
その笑顔は幼な子のように無邪気であった。
…見てはならないのは、魅入られてしまうからだ…。
環は生まれて初めての自分では御しきれない感情に、途方に暮れたのだ。
東京から出たことのない笙子にとって見るもの全てが初めてだ。
京都特有の枝垂れ桜が咲き乱れる庭を歩くのも、瞳を輝かせ、夢見るような眼差しでゆっくりと廻る。
その様は、さながらお伽話の美しいお姫様が花園に迷い込んで彷徨うような有様に見えた。
境内に咲く桜の花弁がひとひら、笙子の美しい黒髪に舞い落ちていたのを取ろうとして…ふと環は手を止めた。
…何となく触れてはいけないような気がしたのだ。
野宮神社の本殿の前でお参りをする笙子と並んで、そっと見下ろす。
真剣な表情で目を閉じ、手を合わせるその横貌がたとえようもなく清らかで嫋やかで…眩しいほどに美しく…環は思わず見惚れてしまった。
祈り終えて、瞼を開けた笙子と眼が合う。
長く濃い睫毛が烟るように瞬く。
白い花が揺れるように、笙子は微笑った。
「連れてきていただいて、ありがとうございます」
「…え?」
「環さん、本当は私などと出歩くのは嫌だったでしょう?…こんな、世間知らずで手のかかる年上の女の子と…。
恥ずかしいですわよね。
それなのに、ご親切にしていただいて…嬉しいです」
…澄んだ黒い瞳…。
無垢で美しいその貌にはどこか、胸を突くような儚さと寂しさが漂っていた。
…これ以上見つめていると…
何かを持っていかれそうだ…。
訳もなく弱気になり、環はわざと乱暴に背を向ける。
「…別に…俺は篤子叔母様に頼まれただけだから。
叔母様に逆らうとおっかないからな」
前を向いたまま、ぶっきらぼうに告げる。
「…最後は渡月橋だ。
その前に…」
そっと振り返る。
…見てはならないのに、見ずにはいられないものがあることを、環は初めて知ったのだ…。
「…茶店で甘酒を飲んでいかないか?
奢ってやる。俺が奢るのは珍しいんだ。感謝してほしいね」
笙子は嬉しそうに笑って頷いた。
その笑顔は幼な子のように無邪気であった。
…見てはならないのは、魅入られてしまうからだ…。
環は生まれて初めての自分では御しきれない感情に、途方に暮れたのだ。