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花の輪舞曲
第1章 夜啼鳥の小夜曲
岩倉は背後に回り、志津から受け取った柘植の櫛で笙子の美しい黒髪を梳かし始めた。
鏡の中の笙子が恥ずかしそうに岩倉を見上げた。
「自分でいたしますわ。千紘さんにしていただくなんて…」
岩倉は眼を細め笑った。
「遣らせてください。…笙子さんの美しい髪に触れられるのは、私だけの権利ですからね」
梳かした髪にそっと口付ける。

笙子がくすぐったそうにその華奢な肩を竦め…潤んだ黒い瞳で甘く見上げた。
「そうですわ。…千紘さんだけです」
堪らずに、岩倉は背中から笙子を優しく抱きしめる。
…驚かさないようにそっとだ。

「…環と嵐山を散策なさったのですね。
どうでしたか?楽しかったですか?」
夕餉の席で、笙子を切なげな眼差しで見つめる環が少し気になった。
岩倉と目が合うと、硬い表情をして直ぐに逸らしてしまった。

「とても楽しかったです。たくさんのお寺や神社を案内してくださいました。
…そうだわ。私、初めて自転車に乗ったんです!
環さんの後ろに…ですけれど…」
瞳を輝かせて報告する笙子を見て、なるほど…と合点がいった。

…まだ年若の環にとって、美しすぎる笙子は刺激が強すぎたのだろう…。
強がったり、冷めた振りをしていても思春期真っ只中の少年だ。

特段、環を警戒したり、嫉妬するほど岩倉は子どもではない。
環がああ見えて決して乱暴なことや無茶はしない性格だということは昔から分かっている。

…しかし、ここはわざと寂しげな声で訴えてみる。
「…私以外の男とこのお身体を密着させたのですか…?」
背中から抱きしめる手の力を少し強める。
笙子がびくりと身体を震わせ…身を捩りながら振り返った。
「いけませんでしたか?…私…」
叱られることを恐れるような幼気な眼差しがいじらしい。
怒ってはいないということを表すように、岩倉は薄く微笑みながら、美しく長い黒髪を愛撫するように梳きあげる。
「…いけなくはありません。けれど…こんな風に私以外の若い男と接近なさったのかと思うと…少し妬けます。
…環は頗る美少年ですしね」
笙子が生真面目な…やや怒ったような表情で、訴える。
「私は、千紘さん以外の男性を好きになったりいたしません。私には千紘さんがすべてなのですから…」
白く滑らかな頬に触れ、囁く。
「わざと言いました。そのお言葉が聴きたくて…」
笙子は美しい瞳を見張り…睨む仕草をした。
「…酷い方…」
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