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セイドレイ【完結】
第12章 価値

ひとり地下室に残された亜美は、煙に巻かれたような気分になる。
新堂という男は、まるでこの煙草の煙のようだと──灰皿に置かれた吸殻を眺めていた。
つかみどろがなく、よく分からない男である。
雅彦ら武田家の男にしろ、教師の本山にしろ、亜美が抵抗しないのをいいことに、むき出しの欲求をぶつけてきた。
しかし、そちら側の人間であるはずの新堂からは──なぜかそういったものが一切感じられない。
それがなにを意味しているのか、このときの亜美には見当すらつかなかった。
兎にも角にも、明日の夜。
いよいよ、最初の客がやってくる。
それは、同級生の父親というこれ以上ないおまけを付けて、この地下室へとやってくるのだ。
亜美は、資料の中にあった荒垣の写真を見ていた。
形容するならば、「頼りがいがありそう」とか「真面目そう」とかそんなところだろうか。
どの写真を見ても、どこか強い眼差しで、市議としてエネルギッシュに活動しているであろう様子がうかがえる。
きっと、市民からの評判も良いのだろう。
しかし、「自分を金で買った男」というフィルターをかけて見てみると、その強い眼差しですら途端に疑わしく思えてくるのが不思議である。
まるで獲物を狙っているような、飢えた獣のような──そんな印象を受けるのだ。
(私は明日、この人に犯される────)
不思議と緊張はなかった。
それよりも気がかりなのは、千佳の存在だ。
今は夏休みだからいいものの、新学期が始まれば嫌でも顔を合わすことになる。
当然、気まずさや罪悪感がある。
そしてそれは、明日にはもっとあるに違いない。
千佳が裏口入学だということも衝撃的だった。
世の中、亜美の知らないところで様々な力が働いている。
その逆も然りで、亜美がこんな境遇にあることを誰も知らないのだ。
雅彦が日々診療する患者も。
健一が勤める大学病院の医師や看護師も。
本山の妻や子ども、そして教え子たちも──。
まさか、彼らが1人の少女に性的暴行を働いている犯罪者などとは想像もつくまい。
亜美は思う。
自分の父や母にも、そんな裏の顔があったのだろうか。
今まで一体、人のなにを見て生きてきたのだろう。
そして他人には、どう見られていたのだろう。
そして今、何に目を向けるべきなのだろう──。
その夜、亜美はなかなか眠りにつくことができなかった。

