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セイドレイ【完結】
第13章 独りぼっち

(生きる…意味────)
「そしたら、今日さっそくいいことがあったんじゃ。こんなべっぴんさんが私を助けてくれて、おまけに傷の手当てまでしてくれるなんてねぇ」
「え…?」
「こうして亜美ちゃんに出会えて、本当にありがたいことじゃと思ったんじゃ。人生捨てたもんじゃない、長く生きててよかったなぁって、素直にそう思ったんじゃよ」
「トメさんっ…!」
そのとき──亜美は我を忘れて、トメに抱きついていた。
まるで生まれたばかりの赤子のように、わんわんと鳴き声を上げて。
「…おやおや。つらかったろうねぇ。うんうん。泣きたいときは泣いたらいいんじゃよ。よーしよし、よーしよし…」
トメが亜美の背中をトントン、と優しく叩きながら、子をあやすようにさすっていた。
そこから感じられる人肌のぬくもりは、男に抱かれているときとはまったく異なるものだった。
亜美は、まるで自分が子どものころ戻ったような感覚になる。
母の腕の中で、すべての不安から解き放たれていたあのころのように──。
「──トメさん、私…」
「ん?どうしたんじゃ…?」
「またここへ来てもいいですか…?」
「もちろんじゃ。こんな年寄りの相手をしてくれるのかい?」
「私、週末は多分来れないけど…学校の行きと帰りだったら、毎日この家の前を通るので…。トメさんの…お顔を見るだけでもいいから…」
「そうかいそうかい。ありがたいねぇ。こりゃ大変だ。そんなら私もまだまだ長生きしなくちゃねぇ」
「うん…!えへへ。まだまだ長生きしてもらわないと困りますよ~?」
互いに顔を見合わせ、自然と笑みがこぼれる。
両親を亡くしたあの日以来、亜美が心の底からの笑顔になれたのはこのときが初めてであった。
ふと、亜美は部屋の壁に飾られた額縁に目がとまる。
その額の中には、おそらく亡くなったと思われるトメの夫と長男の写真とともに、達筆な筆書きで言葉が書き添えられていた。
「トメさん…あれは…?」
「…あれかい?あれは死んだ亭主と長男じゃ。横に書いてある字は私が書いたんじゃよ。下手くそだから恥ずかしいねぇ」
「そ、そんな…。すごくお上手です。ちなみにあの言葉はどういう…?」
「あぁ、あれはな?和泉式部が詠んだ和歌じゃ────」
〽もろともに 苔の下には朽ちずして
ひとり憂き身をみるぞ 悲しき

