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セイドレイ【完結】
第19章 風評

「──そろそろ準備してくれ」

雅彦が地下室へと訪れ、亜美に準備をうながす。
じきに今夜の客がやってくるのであろう。

それはそうと──亜美の目には、やはり雅彦の様子がどこかおかしく映っていた。
健一もそう感じているようだったし、思い過ごしではないかもしれない。

普段は医師としてたくさんの命を取り上げている雅彦。
時間的な余裕がなく、体力的にも厳しいことはたしかであるが、そこを差し引いても──近ごろの雅彦からは違和感がぬぐえない。

とくに、新堂の前ではそれが顕著に表れた。
発言することもほぼなく、常に表情を曇らせている。
そしてなにより、もっとも分かりやすい変化として──亜美を抱く回数が極端に減っていたのだ。

今の雅彦からは、かつての猛々しい面影が感じられない。
亜美の処女を無理矢理に散らした、あのケダモノのような面影が──。


「──あの、お父様?」

「なんだ?」

「い、いえ…。なんでもありません…」


亜美は客を迎えるための準備を始める。
雅彦の前で衣服を脱ぐと、ポニーテールにしていた髪をほどいた。

これからシャワーを浴び、身支度を整える。
どんなコスチュームを身に着けるかは客の要求次第であり、事前に準備する場合もあれば、全裸のまま待つことも。

とくに近ごろは、SMプレイを好む客が増えていることが、亜美には肉体的にも精神的にもさらなる負担だった。
規約により、亜美の肉体に目立つ外傷を付けてはいけないことにはなってはいるものの──客たちはみな、許される範囲ギリギリのところで亜美を玩具として弄ぶ。

貴之とのことがあったせいか──亜美はいつも以上に、今夜は負担の少ない客であることを願っていた。

透明なカーテンで仕切られた浴室。
亜美はそのカラダに残る貴之の痕跡を洗い流す。

いつもはどれだけ洗っても、男たちの精液や小便の臭いがカラダに染みついて取れない気がしていたのだが、今日だけはどこか名残惜しく感じてしまう亜美。

やがて、シャンプーのフローラルな香りが地下室に充満していく。

亜美の1日は、まだ終わらない。
むしろ、ここからが本番である。

今夜も長い夜がはじまる──そう感じていたのは、亜美だけではない。

雅彦は複雑な表情で、シャワーを浴びる亜美の背中を、ただ黙って見つめていた──。


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