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セイドレイ【完結】
第20章 朔
「ほかのみなさんはそのことを…知っているんでしょうか?」
「いや…。わざわざそんなことを言うのもおかしいだろう。まぁ新堂──、あいつは勘づいているかもしれんが」
ふたりの間に沈黙が流れる。
亜美がもっとも憎むべき男は、人知れず戦意を喪失していたのだった。
「──すいません、もうひとつだけ…。私の両親のことで、お父様が知っていることを教えていただけませんか?」
「それはこの前話しただろう。あれがすべてだ。ほかには知らん」
「実は私…不思議な夢を見るんです。夢の中の母は妊婦で、お腹の子は多分…私なんです。だけど、私が話しかけるとすごく哀しい顔をして去っていく。その夢が…どうしても気になってしまって…──」
「──…ただの夢だろう。ワシに聞かれてもな」
「そう…ですよね。すいません。やっぱり私、部屋に戻ります」
そう言って立ち去ろうとする亜美の腕を、雅彦が掴んだ。
「お…お父様…?」
「あれはまだ、お前が生まれる前の話だ────」
♢♢♢
さかのぼること、約16年前のとある日。
亜美の両親である信哉と奈美は、武田クリニックに訪れていた。
「──できるだけのことはしてみよう。つらい結果になるかもしれないが、最後まで希望は捨てない方がいい」
この日、不妊治療の相談を受けていた雅彦は、信哉と奈美をそう励ました。
「よろしくお願いします、先生!」
「はは、先生はよせ!なんだかむずがゆいぞ。まぁそう気を張らず、できることからやっていこう」
「あの、私からも…。本当にいろいろありがとうございます。これからよろしくお願いします」
期待と不安が入り交じるこの夫婦の顔を、雅彦は未だに覚えている。
今後の治療方針やその費用等の説明をし、この日から妊活がスタートした。
検査の結果、母体である奈美にはとくに異常がないことが判明したため、まずは排卵日を推測し、妊娠しやすいタイミングについての指導をした。
しかし、それから数ヶ月が経過しても、なかなかふたりが望む結果は得られない。
そこで雅彦は、次の可能性に移る。
「──男性不妊…ですか?」
「ああ。母体である奈美さんに問題は見受けられない。念のため、信哉のほうも検査してみることにしよう」
こうして信哉は、無精子症の検査を受けることになった。