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セイドレイ【完結】
第21章 満月の喧騒
「──じゃあ…お父様は…私の母を…どう思いました?」
やはり──、よほどそのことが引っかかっているのだろう。
急に話題が飛んだように思えるが、きっと亜美の中ではつながっているのだ。
亜美の中で、あきらかになにかが変わろうとしている。
それを察知した雅彦は、その質問に応えた。
「──めずらしいことではない。とくにこの仕事をしているとな。夫の子じゃないから中絶したい…そんな妊婦は日常茶飯事だ。望まない妊娠も多い。小学生だって中絶をしにワシのところへ来る。明らかな虐待によるものだと分かることも、これまで数えるほどだがあった」
産科医の宿命か。
命の現場は、決しておめでたい話ばかりではない。
過去、何人もの妊婦と対峙してきた雅彦にって、その1人ひとりの裏に潜む事情を考えたとき、亜美の母である奈美のケースなど、とくにめずらしいことではないのだ。
「──そしてそれと同じくらい、どうしても子を産みたいという女性はいる。たとえそれが夫や愛する者の子でなくても、だ」
「じゃあ…私の母は、どんな気持ちで私を産んだんでしょうか」
「知らん。男のワシには死んでも分からんことだ」
「では──父は?父は…どんな気持ちだったと思います?」
「男は自分が腹を痛めるわけじゃないからな。たとえ子どもが自分の遺伝子を引き継いでいようがいなかろうが、調べでもしないかぎり結局は分からんことだ。そういう意味では、お前の父親は運が悪かった。知らずにいたほうが幸せだっただろう」
雅彦の中に、ふと信哉の顔が浮かんでくる。
「男も女も、女からしか生まれん。男にできるのは、種を蒔くことだけだ。その点女は、種が誰であろうが自分の子には違いない。だから…──」
雅彦は言いかけて、言葉に詰まった。
「──だからお父様は、女が怖いんじゃないですか?私の母を、許せなかったんじゃないですか…?」
それはあの夜、雅彦を激昴させた言葉──。
亜美は雅彦の本質を見抜いていたのかもしれない。
そしてなにより、女の怖さはここにある。
まだ15歳の少女でありながら、すでに男の弱さを見透かす女の勘が備わっていた。
ついこの前まで、穢れを知らぬ未通女(おぼこ)だったというのに──。
「──もう昔の話だ。仮にワシがお前の母親を許せなかったとして、それがどうした。その復讐を今お前にしてるとでも言いたいのか?」