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セイドレイ【完結】
第6章 破瓜
亜美はこのところ、毎晩のようにこの夢を見てはうなされていた。
時計に目をやると、明け方の4時。
起床するにはまだ少し早いが、もう目が冴えてしまった。
(これは…あの日の夢…──)
亜美は天井をぼんやりと眺め、この屋敷に初めて足を踏み入れた日に起きた出来事を思い返す──。
◇◇◇
今から約2ヶ月前、亜美は武田家の門をくぐった。
(ここが私の新しい部屋…──)
ひと通り屋敷の中の説明を受けたあと、亜美は自分のために用意された部屋で荷解きをする。
屋敷の外観は古めかしい印象だったものの、屋内は所々リフォームが施され、思っていたよりも快適そうだ。
(そしてこれが…私の新しい制服…──)
ハンガーにかけられた、紺色のブレザーにチェックのスカート。
新品の制服を見ていると、ほんの少しだが気が引き締まる。
(前の制服よりかわいいかも…)
この日は土曜日で、学校へは週明けから登校することになっていた。
雅彦はというと、屋敷の案内もほどほどにすぐさま病院へと戻っていった。
どうやら分娩を控えている患者がいるらしいとのこと。
亜美の部屋の窓から、隣接している「武田クリニック」の外壁が見える。
(ここでたくさんの命が生まれてるんだ…)
亡くなる命があれば、生まれる命がある。
(私、ここへ来て…よかったのかもしれない)
亜美は、両親の長い不妊治療のすえに生まれた命だった。
そのためひとりっ子で、兄弟はいない。
そうして生まれた命だからこそ、亜美はこれまで大切に育てられてきた。
自分が不妊治療によって生まれたこと。
そして両親を亡くした今、命というものについて亜美は初めて真剣に考える。
この屋敷へと向かう道中、雅彦から産科医についての話を聞いた。
『患者さんに唯一おめでとう、と言ってあげられるのは産科医だけかな』
亜美は、雅彦が言ったその言葉が印象に残っていた。
医者は誰しも人命に関わるが、新しい命を取り上げるのは産科医だけである。
とても尊い職業だと思った。
大切な命を失ったからこそ分かる、命の重み。
そして、いつになるか今はまったく想像もつかないが、亜美もいずれは子を産み、母となる。
両親が繋いでくれた命の連鎖を大切にしなければと、強く思ったのだった。