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セイドレイ【完結】
第32章 漂泊
「いやぁ…はは、私はもうそんな元気は無いんだよ。君達が羨ましいもんだ」

新堂はやや自蔑気味にそう返した。

「そんなぁ…勿体ないなぁ。オーナーが自社の商品の魅力を知らないなんてビジネスとしては致命的じゃ無いですか?」

「ふっ…確かにそうかもしれんな。まぁ、商売なんて如何にハッタリをかますかが重要だよ。亜美のケレン味の無さが受けているのだと私なりに分析している。……ところで、今後のことについてなんだがーー」


新堂と酒井の談笑を交えての打ち合わせは、その後深夜まで続いた。


一方その頃、田中のアパートでは、本山と田中の相手を終え、ようやく入浴を済ませた亜美の髪を、田中がドライヤーで乾かしていた。

「亜美ちゃん…すっ、すっごくいいにおい……」

そんな田中のささやきにも、亜美が返事をすることは無い。

この冬の間に、髪もだいぶ伸びてきた。

亜美は毛先を指でつまみ、ぼんやりそれを眺める。

「…田中さん。ちょっとお願いが」

「なっ…何??どうしたのかな?あ…お、おしっこかな??」

うわずり声で田中が妙な興奮をしている。

「…いえ。あの…私の髪。ちょっとだけ、切ってもらってもいいですか?毛先が傷んでて……」

「えっ…!?ああ、うん!でっでっでも、僕で大丈夫なのかな…せっかくの亜美ちゃんの綺麗な髪…変な風にしちゃったら」

「…毛先だけなんで、大丈夫ですよ。それに…私が自分で切りたくても、ハサミは持たせてもらえないでしょ…?」

「あ…そっか。……うん。そうだよ…ね。分かった。ちょっと待っててね」

すると田中はどこからかハサミを取り出してきた。

鏡の前で、田中がぎこちない手つきで、亜美の髪にハサミを入れて行く。

しかし、田中は元々器用なのだろうか。
枝毛を中心に丁寧に髪を切り揃えて行く。

まだ両親が生きていた頃、亜美の髪を切るのは母親の役目だった。

『美容院に行ってもいいのよ?』

中学生になった頃から毎回、母は亜美にそう言っていたのだが、亜美は母に髪を切ってもらうのが好きだった。

中学を卒業し、高校の入学式の前日。
今、田中がしているのと同じように、傷んだ毛先を母に切り揃えてもらった。

亜美が母に髪を切ってもらったのは、それが最後だ。

あれから約10ヶ月しか経っていないことが、亜美には信じられなかった。
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