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セイドレイ【完結】
第39章 分水嶺

夜の診療を終え、一旦自宅に戻ろうとすると、看護師達が菅原を取り囲むようにして何やら談笑している。
どのスタッフも、新しくやって来た若く頼もしい医師に興味津々と言ったところだ。
スタッフ達が色めき立つのも仕方ないことだった。
これまでこの病院の医師は雅彦一人であり、他は看護師や医療事務を含めて全て女性スタッフであった。
皆、還暦を迎えくたびれた院長より、若い医師が良いのだろう。
菅原は、表向きはどのスタッフにも平等に、愛想を振り撒いていた。
医師には変わり者も多く、プライドが高かったり、神経質だったり、どこかしらコミュニケーション能力が欠如している者も少なく無いのだが、菅原は違っていた。
彼は人当たり良く、時に冗談さえ交えながら、ウィットに富んだ会話でたった1週間のうちに院内のスタッフからの信用を勝ち取って行った。
いわゆる、人たらし、という部類の人間なのだろう。
新しい人間が一人増えるだけで、集団の雰囲気は良くも悪くも一気に変わってしまうものだ。
そしてこの変化を、雅彦以外のスタッフは皆、好意的に受け入れ、歓迎していた。
一方で、必ずしも良い変化ばかりではなかった。
雅彦と共に、ずっとこの病院を支えて来てくれた婦長をはじめ、ベテラン看護師数名が今月末での退職を余儀なくされていた。
その他、同じく長年に渡り病院食を調理してくれていた料理長も、病院のリニューアルと共にここを去ることが決まっていた。
そして、健一と慎二の成長をそばで見守ってきた家政婦の内藤に関しては、既にその役目を終え、もう屋敷に来ることは無い。
これらも全て、新堂と新しい経営者の方針だった。
毎日のように、新しいスタッフの採用面接を行っているようであったが、その詳細を雅彦が知らされることは無かった。
雅彦は虚しかった。
自分が造り上げてきたものが音を立てて崩れて行くのを、毎日のように感じていた。
しかし同時に、その責任は自分にあることも理解していた。
どのみち自分一人の力では、この病院を守ることはできなかったのだ。
分かってはいても、こんな晩節を過ごすために今まで生きてきたのかと思うと、やり切れない気持ちになる。
「…菅原君、ワシは先に帰るよ。また何かあったら連絡してくれ」
今の雅彦には、菅原にそう声を掛けることで精一杯だった。
どのスタッフも、新しくやって来た若く頼もしい医師に興味津々と言ったところだ。
スタッフ達が色めき立つのも仕方ないことだった。
これまでこの病院の医師は雅彦一人であり、他は看護師や医療事務を含めて全て女性スタッフであった。
皆、還暦を迎えくたびれた院長より、若い医師が良いのだろう。
菅原は、表向きはどのスタッフにも平等に、愛想を振り撒いていた。
医師には変わり者も多く、プライドが高かったり、神経質だったり、どこかしらコミュニケーション能力が欠如している者も少なく無いのだが、菅原は違っていた。
彼は人当たり良く、時に冗談さえ交えながら、ウィットに富んだ会話でたった1週間のうちに院内のスタッフからの信用を勝ち取って行った。
いわゆる、人たらし、という部類の人間なのだろう。
新しい人間が一人増えるだけで、集団の雰囲気は良くも悪くも一気に変わってしまうものだ。
そしてこの変化を、雅彦以外のスタッフは皆、好意的に受け入れ、歓迎していた。
一方で、必ずしも良い変化ばかりではなかった。
雅彦と共に、ずっとこの病院を支えて来てくれた婦長をはじめ、ベテラン看護師数名が今月末での退職を余儀なくされていた。
その他、同じく長年に渡り病院食を調理してくれていた料理長も、病院のリニューアルと共にここを去ることが決まっていた。
そして、健一と慎二の成長をそばで見守ってきた家政婦の内藤に関しては、既にその役目を終え、もう屋敷に来ることは無い。
これらも全て、新堂と新しい経営者の方針だった。
毎日のように、新しいスタッフの採用面接を行っているようであったが、その詳細を雅彦が知らされることは無かった。
雅彦は虚しかった。
自分が造り上げてきたものが音を立てて崩れて行くのを、毎日のように感じていた。
しかし同時に、その責任は自分にあることも理解していた。
どのみち自分一人の力では、この病院を守ることはできなかったのだ。
分かってはいても、こんな晩節を過ごすために今まで生きてきたのかと思うと、やり切れない気持ちになる。
「…菅原君、ワシは先に帰るよ。また何かあったら連絡してくれ」
今の雅彦には、菅原にそう声を掛けることで精一杯だった。

