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セイドレイ【完結】
第40章 蚊帳の外の景色
「…そろそろお昼だし、ランチにしましょうか?ここから近い所に、うちが昔から贔屓にしてるフレンチのお店があって……」

律子が何か言っているようだが、それらの言葉は全て健一の耳を右から左へ流れて行く。

「(亜美…どうしてるかな…)」

健一の頭の中は、妻となる相手のウェディングドレスより、昼食のフレンチより、亜美のことで埋め尽くされていた。

亜美が武田家に戻って来た日の夜、地下室での最後の情事が今も頭に焼き付いて離れない。

子を宿し圧倒的な母性を携えた亜美の乳をしゃぶりながら、その腕に抱かれ赤子のように眠ったあの夜。
健一にとって、自身の性癖を完璧なまでに体現したあの夜が、まさか亜美との最後の夜になろうとは皮肉なものだ。

健一はひとつ、恐れていることがあった。
それは、律子との夜の営みについて。

結婚へ向けて次々と外堀が埋められていく一方、二人はキスはおろか、まだお互いのカラダに触れてさえいなかった。

健一は、40代の女性の性欲というものが分からなかった。
というより、そもそも女性の性欲について考えたことが無かった。
それもそのはず。
30歳の彼を筆下ろししたのは、全てを受け入れてくれる肉便器だったのだから。
今更ながら、果たして亜美にも性欲などというものがあったのかと、疑問に思う。
そんな馬鹿げたことを真剣に考えてしまうくらい、いつからか亜美は当たり前の様にそこに居て、健一の性欲を穴という穴に受け止めていたのだ。

当然、性欲とは年齢に関係なく個人差はあるものだろう。
もしかしたら律子は、セックスにあまり執着が無いタイプなのかもしれない…そう思っていたのも束の間、つい先日、律子はこう言ったのだ。

『夫が産科医なら…私の出産は何も心配いらないわね』

普段、律子が放つ言葉のほとんどを聞き流していた健一。
しかしこの言葉だけは今も強烈に印象に残っていた。

律子の年齢を考えると、妊娠出産はリスクを伴うものだが、まだ望みを捨てる必要は無い。

問題はそこでは無い。

そこに至るまでの行為そのものだった。

健一は、自分の妻となる律子と、そのような行為に及ぶ想像が全くできなかった。

「…じゃ、そろそろ行きましょ?午後からは指輪を見に行きたいの」

律子はそう言って、一人スタスタと店を出て行った。
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