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セイドレイ【完結】
第45章 男達の晩夏

トメに嘘を吐かせてでも亜美が守りたかったもの。
それがこのスマホの中に眠っている。
「...さっきの和歌はなぁ、和泉式部が詠んだ歌なんじゃよ」
百人一首の56番でも有名な和泉式部。
『もろともに苔の下には朽ちずして
ひとり憂き身をみるぞ悲しき』
我が子と共に死んでしまえたら良かった。
自分だけがこの世に残ってしまい、一人悲しい思いをして生きているーー。
愛娘に先立たれた哀しみを詠んだその歌に、トメは孤独な晩年を過ごす自身を重ねていた。
「...亜美ちゃんがな、もし万が一誰かにこの電話を渡して欲しい時のために、暗号を決めときましょう、って言ってな。じゃあ、トメさんの好きな歌にしよう、って...。この上の句を言った人だけには渡してください、って言われとったんじゃよ。さすがに亜美ちゃんが居なくなったと聞いた時は、あんたには渡すべきだったんじゃないかと後悔しとったんじゃが...」
「い、いえ...実は俺、この前ここに来た時には、それを知ってたはずなんです。亜美から、『もしトメさんに会うことがあったら、この上の句を伝えてあげて。トメさんが好きな歌だから』って...でも俺、あの時...自分のことばかり考えてて...亜美が伝えようとしてたことに...気づいてやれなかった」
『水野くん、記憶力はいい方...?』
何故あの時、あんな状況下で、亜美がそんなことを言ったのか貴之には分からなかった。
恐らく、今後もトメのことを気遣ってやって欲しい、くらいの意味と捉えていたのだ。
前回、ここへスマホを取りに来た時は、行方が分からなくなった亜美を探すことに精一杯だったせいで、すっかりそのことを忘れていた。
しかし、それならば何故亜美はあの時はっきりと、これが暗号であると言わなかったのだろう。
もしかしたらあの時点ではまだ、スマホが貴之の手に渡ることに迷いがあったのかもしれない。
すなわち、今はもう迷いは無いということなのだろうかーー。
「...もうこれで、私の役目も終わりかねぇ。またいつでも会いに来てくれと、亜美ちゃんに会ったら伝えておくれ...はい」
トメはそう言って、亜美のスマホを貴之に手渡す。
「(ここに...亜美の全てが詰まってる...)」
その手の平サイズのスマホは、実際の重さ以上にずっしりと感じたのだった。
それがこのスマホの中に眠っている。
「...さっきの和歌はなぁ、和泉式部が詠んだ歌なんじゃよ」
百人一首の56番でも有名な和泉式部。
『もろともに苔の下には朽ちずして
ひとり憂き身をみるぞ悲しき』
我が子と共に死んでしまえたら良かった。
自分だけがこの世に残ってしまい、一人悲しい思いをして生きているーー。
愛娘に先立たれた哀しみを詠んだその歌に、トメは孤独な晩年を過ごす自身を重ねていた。
「...亜美ちゃんがな、もし万が一誰かにこの電話を渡して欲しい時のために、暗号を決めときましょう、って言ってな。じゃあ、トメさんの好きな歌にしよう、って...。この上の句を言った人だけには渡してください、って言われとったんじゃよ。さすがに亜美ちゃんが居なくなったと聞いた時は、あんたには渡すべきだったんじゃないかと後悔しとったんじゃが...」
「い、いえ...実は俺、この前ここに来た時には、それを知ってたはずなんです。亜美から、『もしトメさんに会うことがあったら、この上の句を伝えてあげて。トメさんが好きな歌だから』って...でも俺、あの時...自分のことばかり考えてて...亜美が伝えようとしてたことに...気づいてやれなかった」
『水野くん、記憶力はいい方...?』
何故あの時、あんな状況下で、亜美がそんなことを言ったのか貴之には分からなかった。
恐らく、今後もトメのことを気遣ってやって欲しい、くらいの意味と捉えていたのだ。
前回、ここへスマホを取りに来た時は、行方が分からなくなった亜美を探すことに精一杯だったせいで、すっかりそのことを忘れていた。
しかし、それならば何故亜美はあの時はっきりと、これが暗号であると言わなかったのだろう。
もしかしたらあの時点ではまだ、スマホが貴之の手に渡ることに迷いがあったのかもしれない。
すなわち、今はもう迷いは無いということなのだろうかーー。
「...もうこれで、私の役目も終わりかねぇ。またいつでも会いに来てくれと、亜美ちゃんに会ったら伝えておくれ...はい」
トメはそう言って、亜美のスマホを貴之に手渡す。
「(ここに...亜美の全てが詰まってる...)」
その手の平サイズのスマホは、実際の重さ以上にずっしりと感じたのだった。

