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セイドレイ【完結】
第53章 落日
その黒いワンボックスから一人の男が降りると、病院の入口の前で立ち尽くす亜美に向かって近付いて来る。

その男とは、酒井だった。

「...おつかれさん。待ってたぜ。で、どうだった...?」

「.....でっ...できて...ました...」

亜美が蚊の鳴くような声でそう告げると、酒井は亜美の腰に腕を回し、反対の手をそっと亜美の下腹部に添える。
まるで、妊婦を労るかのような酒井のその行為に、亜美は身の毛がよだつ程にゾッとし、鳥肌が立った。
傍から見れば、身重の妻を案ずる優しい夫に見えるだろうか。

「...そっか。いや、別に俺はお前と一緒に病院に入っても良かったんだぜ?これでもお前のカラダのこと、俺は心配してんだよ。でも、お前がどうしても一人でいいって言うからさ...。ま、詳しい話は車の中で聞くとして。とりあえず、行くか」

「は....はぃ.....」

そう言って、酒井は亜美を車の後部座席に乗せた。

そもそも、今日亜美がこの産婦人科へ訪れたのは酒井の指示によるものであり、ここへ来る時もこの黒いワンボックスに乗せられて来た。
そして酒井は、病院の外で亜美の内診が終わるのを待っていたのだ。

無論、中絶を指示したのも、酒井である。

その理由は至ってシンプルだった。
かつては、雅彦や菅原といった産科医が居るからこそ成立していたあのビジネス。
しかし今は、そんな産科医も医療設備も無い。
ましてや、亜美を妊娠させることにこだわっていたのは、密かに闇の人身売買を企てていた新堂だけなのだ。

そんな新堂無き今、亜美が妊娠してしまうことは、酒井を含めた『加害者の会』のメンバーらにはもう何のメリットも無いことだった。
むしろ、再び亜美を利用した新しい売春ビジネスを展開していく上で、それは煩わしいものでしか無いのだ。

そこで、もし現在亜美が妊娠していたとするならば、なるべく早急に堕胎させ、その後は避妊薬の服用で妊娠を防ぐ、という魂胆だった。
中絶費用など、彼らにとっては小銭のような感覚だろう。

それよりも、そうすることで亜美に精神的、肉体的ダメージを与えることが何よりの狙いでもあった。

『在るべき場所へ還る』

そのプロローグとしては、亜美の堕胎は彼らにとってこれ以上無いほどの華々しい『門出』なのだ。
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