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セイドレイ【完結】
第53章 落日

「え…?」
「…だから、そんな言い方じゃ30点だ、つってんだよ。あ、100点満中な。ほら、やり直し」
「そっ…そんなっ……」
どうやら、酒井は亜美の言い方に満足していないようだ。
言い直しを命じられうろたえる亜美に、男達は更に卑しい視線を送る。
妊娠してしまった事実、そして堕胎するという宣言。
それを自ら口にするということは、亜美の精神に多大なダメージを与えるものだ。
しかしこの程度では、酒井は物足りないらしい。
「…おいおい?忘れちまったのか?いくらお前でも、その程度じゃあせいぜいここに居るガキ共くらいしか騙せないぜ~?ちゃんと思い出せよ。かつて何故お前にあれだけの男達が大金積んでたか。今のお前には端金すら払う価値もねぇなぁ」
「…私の…価値っ…?」
過去の『高崎亜美』の存在が、現在の『市川亜美』に亡霊のように憑き纏う。
この6年、何より亜美を苦しめていた存在。
それは、陽の当たらない地下室の籠城で、名だたる会員達を虜にしていた一人の少女。
性奴隷としての、かつての自分自身に他ならないのだった。
そう自覚した途端、亜美のカラダの震えはピタりと止む。
全身が浮遊感に包まれ、徐々に思考が遠のいて行く。
(そう…この感じ……この感覚を私はずっとっ…)
この6年、亜美は沢山の愛に触れた。
無事に生まれて来てくれた、愛する2人の息子。
その命が尽きるまで、亜美の母として世話を焼いてくれたトメ。
亜美の無念を晴らそうと、ペンを片手に奔走した楓。
血の繋がりだけで、今も亜美の父として尽くしてくれる啓太郎。
辛い記憶を乗り越え、結婚式に招待してくれた貴之ーー。
しかし亜美がそんな無償の愛に触れる一方で、『高崎亜美』という少女はあの日のまま、肉欲と暴力に支配された深淵に今も居たのだ。
("おかえりなさい")
忘却の彼方から、かつての少女が亜美に憑依する。
『在るべき場所へ還る』
今ならその言葉の意味がよく分かる。
その場所は、現在雅彦達と暮らすあの家でも無く、男達に囲まれたこの車の中でも無い。
それは他でも無い、亜美自身の中にーー。
「…申し訳ありませんでした。私は…自分の快楽の為なら、命を殺すことも厭わない女です」
亜美はうつむいたまま淡々とそう呟くと、顔を上げて更に続けた。
「…赤ちゃんなんて…要らない。私が欲しいのはっ…!」
「…だから、そんな言い方じゃ30点だ、つってんだよ。あ、100点満中な。ほら、やり直し」
「そっ…そんなっ……」
どうやら、酒井は亜美の言い方に満足していないようだ。
言い直しを命じられうろたえる亜美に、男達は更に卑しい視線を送る。
妊娠してしまった事実、そして堕胎するという宣言。
それを自ら口にするということは、亜美の精神に多大なダメージを与えるものだ。
しかしこの程度では、酒井は物足りないらしい。
「…おいおい?忘れちまったのか?いくらお前でも、その程度じゃあせいぜいここに居るガキ共くらいしか騙せないぜ~?ちゃんと思い出せよ。かつて何故お前にあれだけの男達が大金積んでたか。今のお前には端金すら払う価値もねぇなぁ」
「…私の…価値っ…?」
過去の『高崎亜美』の存在が、現在の『市川亜美』に亡霊のように憑き纏う。
この6年、何より亜美を苦しめていた存在。
それは、陽の当たらない地下室の籠城で、名だたる会員達を虜にしていた一人の少女。
性奴隷としての、かつての自分自身に他ならないのだった。
そう自覚した途端、亜美のカラダの震えはピタりと止む。
全身が浮遊感に包まれ、徐々に思考が遠のいて行く。
(そう…この感じ……この感覚を私はずっとっ…)
この6年、亜美は沢山の愛に触れた。
無事に生まれて来てくれた、愛する2人の息子。
その命が尽きるまで、亜美の母として世話を焼いてくれたトメ。
亜美の無念を晴らそうと、ペンを片手に奔走した楓。
血の繋がりだけで、今も亜美の父として尽くしてくれる啓太郎。
辛い記憶を乗り越え、結婚式に招待してくれた貴之ーー。
しかし亜美がそんな無償の愛に触れる一方で、『高崎亜美』という少女はあの日のまま、肉欲と暴力に支配された深淵に今も居たのだ。
("おかえりなさい")
忘却の彼方から、かつての少女が亜美に憑依する。
『在るべき場所へ還る』
今ならその言葉の意味がよく分かる。
その場所は、現在雅彦達と暮らすあの家でも無く、男達に囲まれたこの車の中でも無い。
それは他でも無い、亜美自身の中にーー。
「…申し訳ありませんでした。私は…自分の快楽の為なら、命を殺すことも厭わない女です」
亜美はうつむいたまま淡々とそう呟くと、顔を上げて更に続けた。
「…赤ちゃんなんて…要らない。私が欲しいのはっ…!」

