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第6章 第六章

パンフレットを並べていた冴子は、遼の視線に気付いて浅く頷いた。
遼はがっかりしたが冴子は顔色ひとつ変えていない。本城達が奥に行くのを確かめ、彼は冴子に「ごめん」と小声で言った。

「じつは、私も急に祖母に呼ばれてしまって、どうしようかと焦っていたんです」
「そうなの？」
「はい」

きっと嘘だ。彼は冴子のこういうところを好きになっていた。家元としての彼の立場を理解し、細やかな気遣いが自然で優しかった。これまで数回の食事やドライブで距離は縮まってきていたが、まだ手さえ握っていない。だがそろそろ限界だった。
嫌われてはいない筈だ。寧ろ好意を持たれている。きっと俺からの誘いを待っている筈だ。

今日こそはと決めていた彼はレストランを予約し、ホテルに部屋を取った。それがたった今、水泡に帰した。
綾辺家とは初代家元の時代からの付き合いだった。染井流創設の際にはずいぶん力を貸してもらったと、祖父や父からよく聞かされたものだ。咲の父の代になってもその関係は強固なままだった。
数年ぶりに再会したの綾辺からの誘いを無下には出来ない。

(染井流の為だ)

「冴子さん、次は必ず」
「はい」

遼はレストラン予約を取り消すと、会場を覗いている老婦人に声をかけた。

「奥様、どうぞ中をご覧ください。ご案内させていただきます」