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我が運命は君の手にあり
第9章 第九章
日々の忙しさで、二人きりの時間が取れていなかった。気になるのは、冴子に電話をしても常に留守番電話で、メールでの返信もやけに遅くなった事。日をまたぐ事も度々あった。
放っておかれて拗ねているのか、怒っているのか。だが職場ではいつもと変わらぬ仕事ぶりで、しっかりと指示を仰いでくれていた。
そもそも冴子は拗ねたりする性格ではなかった。きっと、多忙になった仕事と祖母への気遣いの両面で疲れているのだろう。
今は互いに急がず、思いやりで愛を育む、そういう時期なのだと遼は考えた。

最終日の今日、せっかくの打ち上げの予定も綾辺豊からの誘いが入った。是非紹介したい人物がいる、と誘われれば断るわけにはいかない。
常にスタッフに近い存在でありたいと思っている彼も、近頃は他との付き合いが増えた。頭を下げ、相手に合わせて酒を飲むのは本意ではなかったが、染井流の為だと思えば仕方がなかった。

遼は近頃、二代目である父を思う。我が子二人の思春期や大学進学等、大切な時期や事柄の全てを時江に任せ、いつも家にいなかった父親。背中さえめったに見せない親をずっと憎んでいた。だが、二代目を襲名したばかりの父にとって、家元としての責任は想像以上に重くのし掛かっていたのではないか。そう理解するようになった。

妻に先立たれ、染井流と家を守らなければならない。弱音を吐く相手もいない。だからといって、女にだらしない親を許せる訳ではなかったが、今はそんな噂もすっかり鳴りを潜めた。
陶芸が趣味で悠々自適な毎日、世間でいう定年を迎えた男だ。淫蕩の限りを尽くしていた男も老いには逆らえない、もはや枯れてしまったのだろう。遼は哀れみを感じた。

彼は冴子の髪に光る白い椿を見つめ、大切な人は一人いればいい、と改めて思った。

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