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我が運命は君の手にあり
第1章 第一章
「ごちそうさま」
空になった食器に安堵した時江は、遼愛用の備前の湯呑みに熱いほうじ茶を注いだ。
「ところで、婚約を発表する日のお花は……」
「俺が活けるよ。花器も新しいものを選ぶ。あぁ、そろそろ外の看板も外さないといけないな、駅前のビルならここの生徒さんも通い易くなるし、更に増えるだろうからね」
「楽しみですね」
時江が珍しく微笑んだ。
――あれは見間違いだろうか。
遼は今夜もまた、解けない疑問の蓋を開けてみる。
子供の頃、尿意で目覚めた彼は、一人で手洗いに向かった。静まり返った廊下の暗がりが恐ろしく、もののけでもいるような気がして振り向いた時、父の部屋から出ていく時江を見た。寝巻きの背中は廊下を折れてすぐに見えなくなったが、「時江さん」と、小さく呼び掛けた記憶がある。あの時母は別の部屋で伏せっていたのか、それとも入院していたのか。
遠すぎる記憶の底にいくら目を凝らしたところで、闇が照らされる事はなかった。
空になった食器に安堵した時江は、遼愛用の備前の湯呑みに熱いほうじ茶を注いだ。
「ところで、婚約を発表する日のお花は……」
「俺が活けるよ。花器も新しいものを選ぶ。あぁ、そろそろ外の看板も外さないといけないな、駅前のビルならここの生徒さんも通い易くなるし、更に増えるだろうからね」
「楽しみですね」
時江が珍しく微笑んだ。
――あれは見間違いだろうか。
遼は今夜もまた、解けない疑問の蓋を開けてみる。
子供の頃、尿意で目覚めた彼は、一人で手洗いに向かった。静まり返った廊下の暗がりが恐ろしく、もののけでもいるような気がして振り向いた時、父の部屋から出ていく時江を見た。寝巻きの背中は廊下を折れてすぐに見えなくなったが、「時江さん」と、小さく呼び掛けた記憶がある。あの時母は別の部屋で伏せっていたのか、それとも入院していたのか。
遠すぎる記憶の底にいくら目を凝らしたところで、闇が照らされる事はなかった。