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せめて、今夜だけ…
第7章 夜明けのコーヒーを
「ごめんなさい…。挨拶もせずにいなくなって…。お店も辞めちゃって」

人差し指で涙を拭った魚月は、ホテルからいなくなった事と、挨拶もなしで店を辞めた事を俺に詫びた。

「あ、いや…。それは、もういいんだけど…」

さっきは勢い任せに怒ってしまったが、ホテルからいなくなったことについては、もうそんなに怒ってない。
もう2度と会えないかも…、そう思った瞬間、怒りより何より、目の前が真っ暗になってしまったが。

「でも、後悔はしてませんよ?」

婚約者がいながら、俺に抱かれたことを後悔なんてしてないと言う。
一歩間違えれば不倫になるというのに、後悔してない、と。

「だって、一瞬だけだけど、自由になれた気がしました」
「…………っ!」

その笑顔は、昨夜に見せたあの悲しい笑顔じゃなかった。
まるで、何かを決意したかのような瞳。
あの、オニキスのような真っ黒な瞳で真っ直ぐに俺を見つめている。

嗚呼、俺はこの瞳に射抜かれてしまっていたのだと、その時になって初めて気づいた。

「まぁ、やり方はアレですけど…」


何でこんな単純な事に気づかなかったんだろう。
この想いに気づくまで、俺は一体何をしてたんだ?
この気持ち、あの夏の日を思い出した。


あの夏の日…。
憧れの先輩に近づけたあの夏の日…。






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