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せめて、今夜だけ…
第8章 甘い痛み
この場を上手く切り抜けたい、が
そんな事より…


魚月がこの男のものになるのかと思うと腹立たしい。
魚月の婚約者なんて見たくない。
今にも吐きそう。


「申し遅れました。僕は市原翔太と言います」
「ご丁寧にありがとうございます」


魚月の婚約者…。
市原 翔太-いちはら しょうた-。
こいつの名前なんてどうでもいい。
もう…、今すぐこの場から立ち去りたい。
魚月には会いたかったが、こんな形で会いたくなかった。



「立ち話もなんですから、この後どこかで食事でもどうですか?」

翔太とかいう魚月の婚約者がとんでもない事を言い出した。
その誘いに魚月の顔も一瞬で強張る。


「あの…、う、魚塚さんもいろいろと忙しいでしょうし、いきなりお誘いするのは…」
「何で?別にいいだろ?魚月の友人なら俺にとっても友人だ」
「あ…っ」

口調は紳士を気取っているが、その目は明らかに魚月を脅迫している。
「余計な口を挟むな」と言っているようだ。
婚約者の性格を知ってか魚月もそれ以上、何も言えなくなってしまってる。


「いえ、せっかくのお誘いですが今日は失礼します」
「あー、そうですか…」


大丈夫だよ、魚月。
お前にそんな困ったような顔をさせたくない。

「明日も早いですし、今夜は持ち帰りの仕事もありますから」

魚月の心情は、その男なんかよりずっとわかってるつもりだ。



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