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せめて、今夜だけ…
第8章 甘い痛み
「魚月…、何で…?」

動悸の激しさのせいで上手く話せない。
心臓が今にも止まりそうだ。

『さっきの名刺に…』

名刺?
そう言われて俺は思い出した。
さっき、魚月の婚約者に渡した自分の名刺。
そこに俺の携帯番号も記載されているのだ。
営業という職業柄、すぐにでも連絡が付けれるようにと俺個人の携帯番号を記載したのをすっかり忘れていたのだ。

スピーカー越しに聞こえる魚月の声も、何だか新鮮だな。
社交辞令のつもりで渡した名刺なのに、まさか魚月の声が聞けるなんて思ってなかった。

「…今、あの男は?」

魚月が俺に電話をかける、ということは
今は婚約者とは一緒にいないという事か?

『今夜は市原さんと食事をしただけでさっき解散したところです。魚塚さんの名刺も、私に預けたまんまで…』
「そうか…」

家に帰り冷静になって考えれば、本当にバカな事をしたと思う。
一時の感情に流されて、あんな場所に赴くとは…。
魚月も困ったに違いない。

「今日は…、悪かった…」

魚月を困らせるつもりなんかなかったのに。
無意識に近い状態であんな事をしたのかと思うと自分で自分が怖くなる。
気味悪がられても、ストーカー認定されても仕方のないことだけど。




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