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せめて、今夜だけ…
第8章 甘い痛み
『魚塚さん、何であそこにいたんですか?』
その言葉に心臓が静かに波打つ。
部屋には俺1人だけ。
電話越しの魚月の声と俺の心臓の音だけが鳴り響く。
「そ、それは…」
どうしよう…。
何か言い訳をしないといけないのに、適当な理由が思い浮かばない。
散歩、じゃ無理がある。
『魚塚さんの自宅や会社とは真逆ですよね?』
「あ…」
いつもなら適当に嘘を付いて流して来た。
女との会話でこんなに気を使って胸が高鳴るなんて初めての経験だ。
俺があの場所にいた理由。
そんなの…、理由はただ1つしかない。
その言葉が喉まで出かかっている。
だけど、この一言を言うと魚月を困らせてしまう。
ついさっきまで婚約者と一緒にいた魚月を困らせてしまう。
俺があの場所にいた理由は…
一目でいいから、遠くからでもいいから
魚月に会いたかったからだ。
「――――――――っ…」
しかし、この言葉は口走ってはいけない。
どんなに想っていても、どんなに愛してても、絶対口に出してはいけない。
言葉にしてはいけないのに、逸る気持ちを抑えられない。
その葛藤のせいで胸が押し潰されそうになる。
伝えたいのに、伝えてはいけない。