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せめて、今夜だけ…
第10章 溺れる魚達
しかし、そんな俺を現実に引き戻してくれる声がした。

「うぃーす、魚塚ーっ!」
「…桐谷」

背後から大声で名前を呼ばれ、驚きながら振り返ると、そこにいたのは桐谷だ。
桐谷の大声と、気さくな存在感が俺を現実に引き戻してくれた。
いつもはうざいと感じるこの勢いも、今は幾分有難い。

「お前はいつも元気だな」
「はぁ?何だよいきなり。てか、お前どうしたの?その隈」

睡眠不足のせいで目の下には隈が出来ているようだ。

「何でもねぇよ」

昨夜、魚月に触れた感覚が抜けない。
俺の体の全神経が覚えてる。
魚月の甘い声も、怒った顔も、流した涙も、全部覚えてる。
あんなに罵倒されたというのに、どれひとつとして忘れたくない。
あんな事をしでかしてしまって、眠れるわけがない。
眠ったら、夢の中にまで魚月が出て来そうで怖かった。

「あ、そうだ。さっきエレベーターの中で部長に会ったんだけどさ」
「ん?」

コートを脱ぎ、机の中の資料を取り出しながら桐谷が俺に話しかけて来る。
微かに残る意識で桐谷の話しに耳を傾けた。

「後で社長室に来てくれってさ」





は…?
社長室…?
桐谷のその言葉に、俺は一気に現実に引き戻された。





「は?社長室…?」
「社長がお前に話があるって」









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