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せめて、今夜だけ…
第10章 溺れる魚達
先輩の質問に答えるだけで精一杯。
先輩は平気そうな声で俺に話しかけている。
緊張しているのは俺だけか。

「魚塚君、ちっとも変わってないわね」
「そう、ですか…?」

あなたと付き合ってた時に比べたら中身は随分と酷い男になってしまってますけどね。

社長と部長からすれば市原グループの申し出を断る理由なんかない。
一社員としては何としてでも契約をしたいところだが、緊張で上手く話せない。

「先輩こそ…、名前が変わってるんで気付きませんでした…」

風間から安西という苗字に変わってるということは結婚してるのだろうか?

「ご結婚、されたんですか…?」
「えぇ。大学を卒業してすぐに。あの年上の彼と」

あー、やっぱり。
相手は、俺と別れた後に付き合い出したという、あの年上の彼氏か。
先輩は高校を卒業した後に進学してたのか…。

「離婚しちゃったけどね」
「え…?」

明るく答える先輩だが、聞いてはいけない内容だったか…。
しまった、失敗したと思った。
先輩は俺に背中を向けたままで表情が見えない。

「今でいう価値観の違いってやつで。大学を卒業してすぐに市原グループに就職して結婚して…、順風満帆な人生になるはずだったのに」


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