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せめて、今夜だけ…
第10章 溺れる魚達
離婚は夫婦にとってはデリケートな問題だ。
俺が口をはさむことじゃないが、他に話題も見当たらない。

「ご主人は…、その…、同じ会社の方、ですか…?」
「ううん、別の会社で職種も私とは別」

市原グループと言えば日本でもトップクラスの大企業。
妻はそんな会社の社長秘書。
もしも旦那が俺と同じ平社員なら男として立つ瀬がないだろうな。

「結局、結婚生活は3年で終わったわ。子供はいなかったから離婚もスムーズに出来たし」
「でも苗字は…」
「今じゃ会社や取引先さんの間では"安西さん"で定着してるし、今更風間に戻すのもね」

あー、なるほどね。


あんなに大好きな先輩だったのに、今の俺は先輩の顔を見てもすぐには気づけなかった。
先輩の雰囲気が昔とは変わってしまったせいもあるが、あまりの鈍感さに自分で自分に呆れてしまう。

でも、風間先輩だとわかった瞬間、あの頃の気持ちが甦った。
懐かしいような、苦しいような…。
それに、先輩は相変わらず綺麗だ。

「ところで、魚塚君の方はどうなの?」

くるりとこちらを振り返った先輩。
やっと先輩の顔が見れた、が
先輩の笑顔が妙に胸に刺さる。
まるで痛いのを痩せ我慢している子供のように。


「どう、と言いますと?」


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