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せめて、今夜だけ…
第13章 明けの明星、宵の明星
「か…」

"風間先輩"
そう呼び掛けて、一瞬で躊躇った。
この人は今まで沢山傷ついて来たのだろう。

「…………。」

だけど、俺は先輩の名前を呼べない。
呼ぶことが出来ない。
今の俺が、先輩に対して抱いている想いは恋愛感情とはまた違う。
俺の青春の全てだった人だが、今は仕事のパートナー。
そして、市原グループの人間。

俺の胸にうずくまる先輩の腕をほどこうと、先輩の腕に手をかけると…


「―――――あ、ごめんね!いきなり変な事言っちゃって」
「え…」


俺がぼとくまでもなく、俺の胸から離れてくれた。
まるで何事もなかったかのように振る舞おうとしている、が
その空元気が逆に痛々しく見えた。

「あの、先輩…」
「や~ね!年取るとつい変なことばっかり言っちゃってね、もう…」

俺の心配を他所に、必死に笑顔を作りながら立ち上がった先輩。
目元を押さえながら涙を我慢しつつ、表情を読み取られないようにする為か片手で顔を覆い隠している。
俺に…、何も悟られないようにする為に…。

「あ…」

でも、そんな先輩を目の前にしても、俺の心は何も動かない。
ただ、先輩にかける言葉も、先輩の為にしてあげられる事も、俺には何一つない。



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