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せめて、今夜だけ…
第13章 明けの明星、宵の明星
「今日はもう帰るわね!やり残した仕事もまだあるから」
「あぁ、そう、ですね…」

のんびりしていて時間の事など忘れてしまっていたが、今はまだ夕方少し前。
窓から射し込む西陽がオレンジに染まっている。
これが恋人同士なら申し分ないシチュエーションだが。

「下まで送ります」

傷ついている先輩の為に出来ることなんてこれぐらいしか思い付かない。
何をどうしても、俺の心は先輩では動きそうにない。

「ありがとう。でも大丈夫。魚塚君は横になってて」

踵を返して俺に背中を向けた。

「………はい」

俺もつくづく女心のわかってない男だな。
誰だって…、1人になりたい瞬間があるのに。
無神経にマンションの下まで見送ろうとするなんてな。
外はまだまだ明るいし、過度に心配することもないだろう。

「それじゃ、ちゃんと体休めてね」
「………はい」

情けない。
今の俺は先輩の言葉に返事を返すぐらいしか出来ない。
大人になったと勘違いしていたようだ。
こんな時、俺はまだまだガキなんだなと痛感してしまう。
気の利いた台詞1つかけてやれないなんて。

俺の方を1度も振り返る事なく、先輩は足早に玄関へと走り去って行く。
その背中を追いかける事も出来ず、まるで催眠術にでもかかったかのように、俺の体は動けないままでいた。


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