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せめて、今夜だけ…
第15章 人魚は海に還る
注がれるワインと次々と用意されるコース料理。
はたから見れば恋人同士のデートのように見えるがそうじゃない。
これは、最後の晩餐なのだ。

魚月は出された料理を綺麗な手つきで食べていく。
まだ若いのにマナーはちゃんと出来ている。
意外だな。

「へぇ。テーブルマナーは完璧だな」

俺もテーブルマナーに詳しいわけではないが、魚月の手つきには気品のようなものすら感じる。
時期社長の元に嫁ぐのだからこれぐらいのマナーは当たり前、か。

「昔は、お客様と食事に行くこともあったので」

あぁ、Sirèneの客か。
同伴で食事に行くこともあっただろうしな。

「あ…、美味しい…」

ナイフで器用に小さく切り分けた子牛の肉。
今日のメインのようだが、どうやら魚月はこの肉が気に入ったようだ。
さっきまでの仏頂面が少しだけ緩む。

「こんなもの、結婚したらいくらでも食べられるだろ?」
「……そうかも知れませんね」

庶民の俺からすればこんな高級ホテルのレストラン、そうそう来れるわけない。
こんなコース仕立ての料理だって頻繁に食べれるものでもない。
社長夫人になればこれよりもいいものを嫌と言うほど食べられるようになる。
食事だけじゃない。
いい服を着て、いい鞄、いい靴を履いて、いい宝石を身につけて、これまでの人生が一変するに違いない。

どれもこれも、魚月によく似合いそうだ。


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