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せめて、今夜だけ…
第25章 水音
サァー…。
涼しげな風が何度も通り抜けていく。
けど、それは俺に何かを訴えかけてる。
俺が好きだった魚月はあんな女じゃなかった。
俺の中にいる魚月を信じろ、と。
俺の中の魚月はどんな女だった?
何もかもを自分で背負って、自分の事は二の次で、いつも誰かを気にかけてばかりの女だっただろ?
嘘が下手で、意地っぱりで、でも信念を貫き通す女だっただろ?
「俺、来月には日本を離れるんだ」
俺の数歩後ろにいる魚月にそう叫んだ。
俺は魚月の方を振り返れないまま。
魚月に聞こえてるかどうかもわからない。
が、魚月はいつも、俺の声に耳を傾けてくれていた。
「…………。」
「仕事でフランスに行くんだ。最低でも5年は帰って来れない」
行くかどうかも決め兼ねてる状態だがな。
でも、俺は魚月という女の事なら1番良く知ってる。
「最後にどうしても、お前に会いたかった」
心地いい風がずっと吹いてる。
俺を後押ししてるのか、俺と魚月を引き裂いてるのか。
「今夜、駅前のビジネスホテルで待ってる」
後ろから魚月の声は聞こえない。
でも、魚月はきっと聞いてくれている。
俺は今、綱渡り状態の精神で、俺の中にいる魚月だけを信じていた。
「これで最後だ。もう本当に、会えなくなるから…」