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せめて、今夜だけ…
第26章 人魚と王子
「迷わなかったか?」

駅前のビジネスホテルはここだけとは言え、さすがに俺を見つけるのには大変だったのではないかと思った。
駅前のホテル…、としか言わなかった俺も悪いがな。

「大丈夫ですよ。こんな田舎で駅前のホテルって言ったらここしかないし、フロントのおじさんは私の父の知り合いですし」

なるほど。
なら、俺の泊まってる部屋を見つけるのはそこまで大変じゃなかったって事だな。

「来てくれてありがとう」
「……別に、お礼を言われるようなじゃ」

いや、ぶっちゃけ魚月はもう俺の元へは来ないと思っていた。
一瞬でも、魚月を疑ってしまった。
魚月はもう俺のことなんて忘れてる。
婚約を破棄して俺のことなんて忘れて、自分の人生を生きてる。
そう思ってしまった。

「それで…、フランスへはいつ…」

俺に背中を向けたまま魚月が俺にそう問いかけた。
魚月が今日ここへ来たのは俺の出発を見送るためだ。

「正式な辞令が出るのは来月ぐらい。それまでにいろいろ片付けなきゃなんねぇ事とかもあるから…」
「そうですか…」

魚月の背中越しに見える窓からの景色は真っ暗だ。
漆黒の闇に飲まれてしまいそうなほどに。

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