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せめて、今夜だけ…
第26章 人魚と王子
俺に背中を向けたままこちらを振り返る様子もない。
ただ、窓の外の闇を一点に見つめている。

「魚月…」
「まぁ、魚塚さんとはいろいろありましたけど、いい経験が出来ました。フランスへ行ってもお元気で!」

俺の言葉を遮り捲し立てるかのように一方的に突き付けられた別れの言葉。

「いい経験って、お前…」

いい経験って何がだ?
俺は魚月と出会ってからたくさんの悲しみを知った。
身を引き裂かれるような辛さも知った。
こんなに深く誰かを愛せるものだという事も知った。

なのに、何でそんな一方的に別れの言葉を突き付けるんだ?

「最後に私に会いたかったんですよね?もうこれでスッキリしましたよね?安心してフランスへ行けるじゃないですか!」

一方的に話し、俺を突き放し拒絶するかのような口振り。
こちらを見ようとはしない魚月のその態度に俺も少しずつ苛立ちが増して行く。
本当にこれが最後になるかも知れないのに、言い合いや喧嘩なんかしたくないのに。

「はぁ…、つーか、お前マジでどうしたんだよ…」

俺の知ってる魚月はこんな女じゃなかった。
最後に魚月を抱いた半年前のあの夜。
目に涙を溜めて、体を震わせながら幸せになると誓ったあの魚月はどうしたんだ?

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