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せめて、今夜だけ…
第5章 恋心
「予報だと、今夜いっぱい降るそうですよ」
「へ、へぇ。困ったな…」

魚月の声が鼻声なのがわかる。
さっきまで泣いてたのだから無理はない。


さっきから魚月ばかり喋っていて、俺からは何も話せていない。
店ではあんなに言い返せてたのに、今は素直な魚月に調子が狂い何の言葉も出てこない。

女と会話なんかしなくても全然何ともなかった。
今までは、女とは性欲を処理するだけの関係だったし、言葉や会話なんて必要なかった。
それを苦に感じた事もなかったし、気まずいとも感じなかった。

なのに、今は驚くほどに気まずい。




泣いてる魚月を放って置けず声をかけたまではいいが、その後の事なんて何も考えてなかったのだ。

そもそも、何で俺は魚月に声をかけたのか…。

ただ、雨の中で泣いてる魚月の背中を見ていたら、どうしても放って置けなくなって…
今にも崩れてしまいそうな魚月を、あのまま放って帰れなかった。



くそ…、こんな事なら桐谷に女との会話のコツでも聞いとくんだったな。

すると、雨音の中、魚月の小さな声が聞こえて来た。


「婚約者なんです」
「え?」



それは、先程の男の話。
魚月と喧嘩し、雨の中に魚月を置き去りにしたあの男の話しだった。




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