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君の光になる。
第3章 石鹸の匂い
数日後、夕子は安倍と出逢った駅に向かっていた。時間は少し外して。
雑踏の中、電車が滑り込む音が聞こえる。プシューという音が聞こえた。雑踏が激しく動く。夕子は安倍と座っていたベンチに腰掛けていた。
カツカツとヒールのある靴の足音が近づいた。遠くで石鹸の匂いを感じた。石鹸の匂いが夕子の前にある。
「あの……立花……えっと……夕子さん……ですか?」
細く小さな声だが歯切れのよい声が夕子に声を掛けた。
「はい……立花夕子です」
夕子は小さくうなづいた。
「安倍くんのことで……」
――安倍くん……?
胸が高鳴る。安倍の唇の感触が蘇る。耳が熱い。
「……ああ……はい……それで?」
「立花さんあなた、安倍くんとは……」
「……ああ、私……何度かここでお話したくらいで……」
「ああ……ですよね?」
女性の声に笑みが含まれた。夕子の右側が小さく軋んだ。石鹸の匂いが右に移った。女性が言った「ですよね」の意味は分からなかったが……。
「だけど、安倍くん、彼面白い人でしょ? この前なんて……」
――この前……。私にキスしたとでも言ったのかしら……。
「はい……」
「この前、目隠しして長い棒を持って……」
「目隠しして……それで……?」
「躓《つまづ》いちゃって……」
――躓いたって、目隠しして……。
「バカ……ですよね? 捻挫までしちゃって……ね?」
――もしかして、私を……。
「ふふふ、そうですね」
夕子は石鹸の香りの方を向いた。安倍が重ねた唇が少しこそばゆい。指先で自分の唇をなぞった。
「あ……じゃ、私は……」
石鹸の匂いとカツカツという音が遠ざかる。
雑踏の中、電車が滑り込む音が聞こえる。プシューという音が聞こえた。雑踏が激しく動く。夕子は安倍と座っていたベンチに腰掛けていた。
カツカツとヒールのある靴の足音が近づいた。遠くで石鹸の匂いを感じた。石鹸の匂いが夕子の前にある。
「あの……立花……えっと……夕子さん……ですか?」
細く小さな声だが歯切れのよい声が夕子に声を掛けた。
「はい……立花夕子です」
夕子は小さくうなづいた。
「安倍くんのことで……」
――安倍くん……?
胸が高鳴る。安倍の唇の感触が蘇る。耳が熱い。
「……ああ……はい……それで?」
「立花さんあなた、安倍くんとは……」
「……ああ、私……何度かここでお話したくらいで……」
「ああ……ですよね?」
女性の声に笑みが含まれた。夕子の右側が小さく軋んだ。石鹸の匂いが右に移った。女性が言った「ですよね」の意味は分からなかったが……。
「だけど、安倍くん、彼面白い人でしょ? この前なんて……」
――この前……。私にキスしたとでも言ったのかしら……。
「はい……」
「この前、目隠しして長い棒を持って……」
「目隠しして……それで……?」
「躓《つまづ》いちゃって……」
――躓いたって、目隠しして……。
「バカ……ですよね? 捻挫までしちゃって……ね?」
――もしかして、私を……。
「ふふふ、そうですね」
夕子は石鹸の香りの方を向いた。安倍が重ねた唇が少しこそばゆい。指先で自分の唇をなぞった。
「あ……じゃ、私は……」
石鹸の匂いとカツカツという音が遠ざかる。