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エメラルドの鎮魂歌
第6章 招かれざる訪問者
八雲の規則正しい靴音が遠ざかるや否や、有島は瑞葉にひれ伏しその足元に跪いた。

「…瑞葉様、驚かせてしまって申し訳ありません。
お怒りでいらっしゃいますか?
もう私のことをお嫌いになられましたか?」
瑞葉の白いドレスの裾を握りしめながら、激しく声を震わせる有島に、怖気付く。
「…離して…」
「何もしません!貴方に酷いことをするつもりはありません。
ただ…私が貴方を恋い慕うことだけをお許しください」
「そ…そんな…!」
有島はドレスに口づけすると、涙ながらに掻き口説いた。
「…あの日…貴方にお会いして、私は一目で恋に落ちました。
私の世界はがらりと変わりました…。変わってしまったのです。
…私はあれから茫然自失のまま、恩師…深津先生のところに行きました。
深津先生から告げられた話は…私には奇跡のように思われました。
…深津先生は篠宮伯爵家の…貴方の主治医だった…。
そして、自分の後任の医師を探しておられた…。
私は、一にも二にもなく名乗り出ました。
私に瑞葉様の主治医の任を与えていただきたいと…」
「…ええっ…!」
愕然とする瑞葉に、却って有島は落ち着きを取り戻したのか、ドレスの裾を握りしめたままうっすらと微笑みを浮かべた。

「…深津先生に貴方のことを詳しくお聞きして、私は驚きました。
…貴方はお御足がご不自由だと言うではありませんか…。
お生まれつき、立つことも…もちろん歩くことも出来ないと…」

「…っ⁈」
声にならない叫び声を、瑞葉は上げた。
白く華奢な手を唇に当て、震えながら長椅子の奥に沈み込む。

「…しかし貴方はお歩きになれるし…お走りにもなれた…。
しかも、それを知られるのをとても恐れておられた…」

有島の身体が起き上がり、じわりと瑞葉に近づく。
…若く男らしく整った貌には、幽かに狂気を帯びた微笑みが浮かんでいた。

「…何が…目的なの…?」
恐怖に震える瑞葉の唇から漏れた言葉に、少し傷ついたかのように有島は唇を歪めた。
しかし直ぐに、開き直ったかのような落ち着き払った口調で答えた。
「…私の望みはただひとつです。貴方様のお傍で貴方様に恋することをお許しください。
それを叶えてくださったら、私は貴方様の秘密を絶対に漏らしません。
…如何ですか?そう卑劣な取り引きではありますまい」

そうして男は、酷く歪んだ笑い声を立てたのだ。

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