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エメラルドの鎮魂歌
第6章 招かれざる訪問者
瑞葉は八雲の言葉に逆らい、後を追った。
大の男一人の死体を担いでいるというのに、八雲の足取りは驚くほどに速い。
瑞葉は付いてゆくのだけで精一杯だ。
木の根に躓き何度もよろけながら、八雲を追いかける。


…やがて八雲は領地の森の外れ…木立に囲まれた池の畔で脚を止めた。

…その池は50メートル四方に広がる天然のもので、篠宮家の所有地の一番外れにある。
その水面は深い翠色を映し、神秘的な静謐さを湛えている。
晩秋の軽井沢の透明感をすべて吸い込んだような美しい翡翠色の池だ。
…ここは時折、使用人のいない日中や夏の夜に八雲と二人で密かに散策をする瑞葉の大好きな池だ。
久我山の屋敷では触れることが叶わなかった自然に初めて触れることができた大好きな…大好きな場所だ。

息せき切って地面に座り込んだ瑞葉を、八雲は咎めることも駆け寄ることもせず静かな眼差しで一瞬見つめ、その場に有島の死体を無造作に置いた。

…ペルシャ絨毯の端から男の青白い指先が覗いていた。
瑞葉は身を縮め、貌を背けた。
その肩にふわりと良い薫りがする温かなものが掛けられた。

…八雲の黒い上着であった。
見上げるそこには、いつもと寸分違わぬ男の端正な姿が瑞葉を見つめていた。
「…お風邪を引かれてしまいます。
お帰りにならないのなら、お召しください」
「…八雲…。…どうするの…有島先生…」
八雲は無言で踵を返し、林の奥に消えていった。

…数分のちに戻ってきた男の手には大きなシャベルが握られていた。
「…八雲…」

流れるような所作でネクタイを外し、白いワイシャツの袖を捲り上げる。
八雲は、池の畔の大振りな桜の樹の根元にシャベルの切っ先を当てる。
淡々と力強く、その焦茶色の硬い土を掘り起こし始めた。

八雲の低く美しい声は、まるで物語を朗読するかのように語り始めた。
「…有島に係累はおりません。
私が密かに依頼した調査書にも記してありました。
天涯孤独な身の上です。
この男が一人消息を消したとて、誰も気にも掛けないでしょう。
彼を紹介した深津先生は引退され、もうこちらにはおられません。
…つまり…彼の最後は私と貴方しか知らないのです」

震える声で、瑞葉は尋ねる。
「…有島先生を…ここに…埋めるの…?」


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