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エメラルドの鎮魂歌
第10章 エメラルドの鎮魂歌 〜二つの月〜
一週間もすると瑞葉はようやく体調を取り戻した。
けれどともすると再び塞ぎ込んでしまう瑞葉を元気付けようと、藍は傍を離れなかった。
「瑞葉、何か欲しいものはない?」
恋人のように隣に寄り添われ、手を握り締められる。
温かな手の温もりが何より心強い。
「…いいえ、大丈夫です。何もかも…本当に良くしていただいて…」
青山家の主治医だという帝大医学部の教授が呼ばれ、瑞葉の診察をしてくれた。
最新の医療を受けられ、どれだけ安心できたか分からない。
着の身着のままで来てしまった瑞葉に、直ぐに身の回りの必需品も揃えられた。
…敗戦後まだ間もない日本では、簡単には手に入らない贅沢品ばかりだ。
いくら千賀子の実家から生活費が送られているからと言って心苦しくない訳がない。
…それに…。
何となくだが、青山はその生活費に手をつけてないような気がするのだ。
青山の財力は潤沢だと分かってはいるが、やはり気兼ねしてしまう。
…自分の寄る辺の無さをこんなにも心侘しく感じたことはない。
そんな瑞葉の心を推し量ったかのように、藍は握り締めた手にキスをしながら笑った。
「大丈夫だよ。史郎さんは戦後のどさくさで進駐軍相手に一儲けしてね。お金は唸るほどあるんだ。
瑞葉が遠慮することは何もない」
「…でも…」
さりげなく手を引き抜きながら、小さな声で尋ねた。
「…こんなことをしていたら…青山様はお気を悪くなさいませんか?」
…藍がただの養子ではないことは薄々勘付いていた。
恐らく彼らは恋人同士だろう。
その藍が、親戚とは言えこんな風に濃密に接していることが分かったら、いくら青山とて面白くはないだろう…。
藍は涼やかな眼差しで笑った。
「史郎さんは全部知っているよ。俺が瑞葉を好きなことも…。あの人の愛は変わっているんだ。
…俺は史郎さんが好きだし、彼と寝てもいる。
でも、瑞葉も好きだ。史郎さんには尊敬の念が強いけれど、瑞葉には…」
芸術家らしく繊細な手が瑞葉の白い貌を引き寄せる。
「…胸が苦しくなるような恋心を感じる…。
あんたを大切にしたいと同時に…自分のものにしたい欲望も…」
瑞葉のエメラルドの瞳が切なげに揺れた。
身を捩り、俯く。
「…そんなの…駄目です…。
僕は…青山様を裏切るような真似はできません…。
それに…」

…深い瑠璃色の瞳…。
誰よりも愛した美しい男の面影がよぎり…慌てて首を振る。
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