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エメラルドの鎮魂歌
第10章 エメラルドの鎮魂歌 〜二つの月〜
…考えては駄目だ。
あの男は…自分を欺いたのだ…。
欺いて…欺瞞の愛で、身も心も雁字搦めにしたのだから…。

「八雲のことを考えているの?」
剣呑とした声が聞こえた。
振り返ると、鋭い眼差しで藍が瑞葉を見据えていた。

「あんな奴のことは忘れろよ。
あんたを騙して、奪った…。冷酷な酷い男だ。
…あんな奴、さっさと忘れろよ。
…忘れて…俺を好きになってよ…」

力強く身体を引き寄せられ、顎を捕らえられる。
荒々しく唇が奪われ、瑞葉の甘い吐息ごと貪られる。
「…んんっ…あ…ああ…」
「俺を好きになって…瑞葉…。大事にするから…。
…幸せにするから…」
口づけの合間に熱い愛を掻き口説く。
「…約束する…幸せにするよ…」
甘く激しく舌が絡められる。
…こんな…こんな性的なキスをしてはならないと分かっているのに、突き放せない…。
快楽に馴らされた淫らな身体は、いとも容易く与えられた悦楽を感じようとする。
それが浅ましくも哀しく…瑞葉は身体を震わせる。
「…だめ…藍さん…だ…め…」
逞しく成長した藍の身体は細身なのに頑丈で、突き放そうとしてもびくともしない。
もがけばもがくほどに口づけが深くなり、口内を濃密に蹂躙される。
「…んっ…は…あ…っ…やめ…て…おねが…い…」
涙ぐんで抗うと、漸く唇を解放して貰えた。
その代わり、耳朶を甘く噛まれ、熱く鼓膜に囁かれる。
「…ずっと…好きだったよ…。…瑞葉が…あいつに抱かれているところを見て…許せなくて…悔しくて…でも…欲情した…。
瑞葉は…すごく綺麗だった…。
…俺は…瑞葉をあんな風に抱きたいんだ…て初めて分かったんだ」
黒い涼やかな瞳が、熱い熱情を湛えて瑞葉を見つめる。

…自分には、他人に劣情を催させる淫らな雰囲気があるのだろうか…と、瑞葉は空恐ろしくなる。
駄目だと分かっているのに、藍をきっぱりと拒むことが出来ないのも…自分の淫乱な性ゆえなのだと思うと、絶望の思いに囚われる。

…けれど、藍の道は決して踏み外させてはならないと思う。
藍だけは、真っ直ぐな明るい光に満たされた人生を生き抜いて欲しいからだ…。
「…藍さん…僕は…」

必死で思いを告げようとした時、扉が開いた。
「お取り込み中、悪いね。少し時間をもらえるかな」
朗らかな声とともに、青山が入ってきた。


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