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エメラルドの鎮魂歌
第10章 エメラルドの鎮魂歌 〜二つの月〜
「…ああ…瑞葉くん。見違えたよ…。
まるで、お伽の国の王子様のようだね…」

試着室から出てきた瑞葉を見るなり、青山は歓声をあげた。
藍は言葉を奪われ、見惚れるばかりだ。

…瑞葉は、白いシルクのレースがふんだんにあしらわれたリボンタイのシャツに濃い葡萄酒色のウエストが細く絞られた丈の長いジャケット、同色の細身のスラックスという欧州の貴公子のような姿で二人の目の前に現れたのだ。

青山の行きつけの銀座のメゾンに連れて行かれ、瑞葉は片っ端から服を渡された。
「その髪に女物は似合わない。
卒業のお祝いに私にプレゼントさせてくれ。
スーツを十着ほどとコートにドレスシャツネクタイ…船旅のディナーにホワイトタイにテイルコートもいるな。
本当はオーダーメイドしたいが、時間がないからね。
正式なものはパリで作ろう。
…普段着のシャツやセーターやスラックス…それから靴も何足か必要だな。
ああ、新作は全部持ってきてくれ。
サイズが合ったら全て買うからチェックを頼む」
店員が総出で瑞葉に合う服を探し回り、店内は賑やかな話し声に包まれた。
皆、青山が連れてきた美しい金髪にエメラルドの瞳の息が止まるほどの美青年に心を奪われてしまったのだ。

…このように古典絵画から抜け出して来たような煌々しい青年が、一体どこに隠れていたのだろう…。
皆は不思議に思った。
青山の養子の青年も頗る付きの美形だが、彼は次元を超えた美貌だった。
この西洋の高貴な人形のように美麗に整った…しかしどこか浮世離れした青年の存在は、店内の人々の心を掴むのに十分なものだったのだ。

「良く似合うよ、瑞葉。…全く…あんたには驚かされっぱなしだ」
藍が瑞葉に近づき耳元で囁く。
その伽羅の薫り漂ううなじと…そして艶やかな唇にそっとキスをした。
「…藍さ…ん…」
こんな人目があるところで…と慌てて周りを見渡すが、誰一人として気に留める者はいなかった。
青山は、葉巻を薫せながら愉しげに眼を細めている。

店員の一人が、瑞葉が着ていた白いクラシカルなドレスを手にやって来た。
「こちらはどうなさいますか?お持ち帰りになりますか?」

…白いレースの裾の長いドレス…。
あの男の手により、毎日着せられていた…。
それは、甘美な…爛れた檻の象徴だった…。

静かに…しかしきっぱりと告げる。
「捨ててください。僕にはもう必要ありませんから」

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