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エメラルドの鎮魂歌
第1章 罪と嘘のプレリュード
バルコニーはたっぷりと広く、そこからは瑞葉が決して足を踏み入れることのない美しい英国式庭園が一望できた。
春の陽気は辺りを長閑に包み込み、庭園の薔薇の香気もあえかに漂っている。

柔らかな陽射しが瑞葉の蜂蜜色の長い髪を優しく照らし、周りの空気にすらも、恩寵を与えていた。
八雲が瑞葉を丁寧に籐の長椅子に腰掛けさせる。
「お寒くはございませんか?今、ストールをお持ちいたします」
跪き、部屋着の裾を整えてやりながら声をかける。
「大丈夫。温かいよ」
「またお風邪を召したらいけません。今、お持ちします」
瑞葉の髪をさりげなく梳き上げ、そのまま触れるか触れないかの動作で白磁のように滑らかな白い頬を撫で上げると、そっと微笑んで部屋に戻っていった。
「八雲は心配性で困るよ」
少しも困っていない風に…寧ろ、嬉し気に囁く。


和葉はすらりと凛々しく美しい執事の後ろ姿を見送りながら不服そうに呟く。
「…八雲は、兄様には笑うんだね…。
僕にはにこりともしないよ」

瑞葉は春風のように笑った。
「そうかな…。ほかの人にも優しいと思うけれど?」
和葉はぶんぶんと首を振る。
「全然。兄様はほかの人に接する八雲を知らないんだ。
すごく丁寧で親切だけど、それだけ。
ほかの人には絶対に笑わない。笑っても冷たい人形みたいな笑顔だよ」
…僕に…兄様の千分の一でも笑いかけてくれたらな…。
和葉はいつも思う。

八雲が執事になって、関わる時間は増えたけれど…彼は感情が流れない無機質な人形のように、和葉に接する。
もっと一緒に話したいし、もっと一緒に感じ合いたい。
…もっと…もっと八雲を知りたい。
あの神秘的な深い海のような瑠璃色の瞳で、自分だけを見つめて欲しい…。

瑞葉はエメラルドの瞳を細めて、和葉の髪を撫でてやる。
「ごめんね、和葉。僕がすごく手がかかるから八雲は和葉のことまで手が回らないんだ。
八雲は本当はとても優しいひとだよ」
「兄様が謝ることじゃないよ。…だって…兄様には…八雲しかいないんだし…」
小さく口籠る。

…わかっている。
この類い希なる美しい兄には、八雲しかいない。
自分には溺愛する祖母も、両親も、たくさんの使用人もいる。
恵まれた環境で、学校でも何処でも自由に過ごせる。

…けれど兄様には…。

瑞葉は和葉の言葉に、やや寂し気に…どこか諦観の色を滲ませながら小さく微笑った。



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