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エメラルドの鎮魂歌
第2章 その薔薇の秘密は誰も知らない
青山史郎は、緊迫したその場の空気をものともせずに、朗らかに笑い声を立てた。
「これはこれは…この館の美しき執事のご登場か。
翠の瞳の麗しい姫君を守る瑠璃色の瞳の騎士か…。
まるでお伽話のようなお屋敷だな」

八雲の険しい眼差しに青山は両手を挙げ、牽制する。
そうして、まるでシェリーの詩の暗唱をするように語り始めた。
「…かつて私の若い知人が、恋しい人に逢いたくてとある館の外梯子を登ってきたのに居合わせたことがある。
…恋の翼を身に借りて…というやつだな。
少々羨ましかったよ。
…私は美しい庭園を彷徨っているうちに迷子になり、妙なる美しいピアノの音色に誘われて、こちらの美貌のご子息のお部屋に入ってしまったのだ。
許してくれ、他意はない。
神に誓おう。ご子息には何もしてはいない」

八雲の背後の瑞葉が袖を引いた。
振り返ると、瑞葉が小さな声で答えた。
「…あ、青山様には…何もされていないよ。
…急に入ってこられて…驚いただけだ…。
だから、そんなに大ごとにしないで…」
「…瑞葉様…!…あの…おみ足は…」
…そうだ。青山様のことより、瑞葉様の足の件を確かめなくては…!

焦る八雲の耳に、陽気だが穏やかな声が届いた。
「…私のことより、ご子息に尋ねたいことがあるのだろう?
どうやら複雑なご事情がおありのようだ」
青山の目には思慮深い温かさがあった。
「…青山様…」
「今日のことは私の借りだ。
…いつか君達に困ったことが起きたら、いつでも頼って来てくれたまえ」

八雲は居ずまいを正し、丁重に詫びる。
「いえ。私の方こそ、大変失礼な態度を取ってしまい申し訳ありませんでした」

青山は、気にするなというように八雲の肩を叩き、再び陽気に瑞葉に目配せをした。
「美しき執事は、私の用事をこなしてもらっていると伝えておこう。
暫く二人で話せるだろう」
「青山様…。恐縮です」
瑞葉が八雲の手をぎゅっと握りしめた。

「…今宵は、夜桜より素晴らしいものが見られたよ。
エメラルドの瞳と瑠璃色の瞳の世にも稀な美しい恋人たちだ。美は何にも勝る宝だからね。
君達に感謝するよ」
青山はそう明るく微笑むと、優雅なお辞儀をして部屋を辞したのだ。

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