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Seven
第7章 急加速
雪さんが退職という形をとってから、一ヶ月が経った。彼が抜けたばかりは、ドタバタと慌ただしかったオフィスも、今では何事もなかったかのように穏やかさを取り戻している。退職を告げたあの電話以来、雪さんからの連絡はない。社長を除く、会社関係者との連絡を絶っているようだ。
「はぁ……」
つい携帯の画面を見ては、ため息を落としてしまう。連絡が来ないと分かっていても、どこか期待している自分がいる。モヤモヤした気持ちが心を支配して落ち着かない。いっそのこと、自分から連絡を取ってみようか……。でも、迷惑になってしまうんじゃないか。このジレンマがもどかしい。
「なんだ、また凹んでるのか」
休憩スペースの椅子に腰掛け、昼休憩を取っていたら、後から来た杉野さんに声を掛けられた。
「あ、お疲れさまです」
「そのどんよりした空気、どうにかならないのか? いつもの元気はどこへ行った?」
「そう言われましても……。自分じゃどうにもできないです」
「まぁ、これでも飲みなさい」杉野さんは私の好物であるミルクティーをテーブルに置き、向かいの席に腰かけた。先ほどまでの冗談めかした話し方ではなく、真面目なトーンで彼は話し始めた。
「大方(おおかた)、あなたの元気がない理由は分かる。誰かを好きになるなとは言わないが、ここは会社だ。みんな仕事をするために出社している。それは分かるだろ?」
「……はい」
「ここのところ、業務態度が良くない。仕事中も上の空。今の状態のままじゃ、お客様の前に出すわけにはいかない。西宮くんは会社にとって、戦力になる一人だ。本音を言えば、一人でも営業に行ってほしい。デスクワークが出来る人間はたくさんいるが、営業が出来る人間は限られている。……雪の代わりが務まるのは、君だけだ」
「そんな……私に雪さんの代わりなんて──」
「俺は見込みのない奴には言わない。それだけ西宮くんに期待しているってことだ。何かあればいつでも相談に乗る。邪魔したね」
話し終えると、杉野さんは去っていった。久々に言われた【期待】の言葉。雪さんもよく「期待してる」と私に言ってくれた。今のままじゃ、ダメだ。みんなの期待に応えたい。何より、戻ってきた彼に成長した姿を見せて驚かせたい。